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前編

 初めての相手は妹でした。妹が遊んでいた着せ替え人形を、私はなんとなしに取り上げた事がありました。当然ですが、あの子はすぐに泣き始めました。母が何事かと妹に駆け寄って、私を叱りつけました。ですが、その時に言われた事ははっきりと覚えていません。まだ小さかったから、という訳ではありません。その時は、母の声がどこか遠くから聞こえてる声のような気がしていたからです。私はただ妹の泣き顔を見ていました。

 一瞬、足先から頭のてっぺんまで電気が走り抜けるような感覚がありました。そしてなんだか変な気分にもなりました。体が火照って、頭が真っ白になりました。私、美月沙耶は、あの時、確かに興奮していたのです。


「ただいま……」

 その日私は、ひどく気だるげな様子で学校から帰ってきたと思います。自分以外は誰もいない部屋に入り、カバンを放り投げて布団に倒れこみました。カバンから飛び出た教科書やプリントが全然気になりませんでした。何もかもがどうでもよくなっていたのです。

 私は布団に顔を埋めて呟きました。

「そういえば、もう三日もしてないなあ……」

 この時の私の趣味は小動物を虐めることでした。帰宅途中で何かしら動物を捕まえて、金槌で殴ったり、皮を剥いだり、首を絞めたり、骨を折ったりしました。ですが最近は、その趣味に打ち込むことが無くなっていました。多い日で三匹も殺してしまったこともありましたし、そんなことを三か月も続けていたら彼らがいなくなるのも当然です。が、一番の原因はモチベーションの低下でした。


 高校入学と同時に始めた一人暮らし。早く自立したいとか、そんな理由は少しも無くて、ただ自分の異常な性欲を満たすために始めました。昔から動物を虐めたいと思っていた私。実家で暮らしている限りそれは難しいと考えて、代わりにネットで虐待動画を見て自分を慰めていました。でも時間が経つに連れて、私の最低な衝動は強くなるばかりでした。

 だから実家を離れようと思ったのです。当初は堰を切ったように動物を虐め続けました。ですが動物の反応がワンパターンで、虐め方のネタ切れもあり、だんだん飽きてくるようになりました。

 私の興味は既に別のモノに移っていたのです。


「どうせなら、女の子を虐めたいなあ。黒目がぱっちりとしてて、長いストレートな黒髪の小学校三年生ぐらいの……」

 私はぼんやりとしたまま呟きました。

「って何考えてんの、私?そこまでいったら完全に犯罪じゃない。今日はもう寝よう。うん、そうしよう」

 私は私の中に生まれた邪な気持ちをかなぐり捨てるように、寝る準備を進めました。

 カーテンを閉めるためベランダに近寄った時、ふと空を見上げました。

「変ね……。今日はやたら月が赤いわ」

 あの日見た血のように紅い満月を、今でもはっきりと覚えています。ですが、その日の私は特に気にも留めずに床に就きました。


 気が付くと、私の目の前に女の子がいました。

「あ、あれ?お、女の人?」

 その子は私を見るなりひどく驚いた様子で、おどおどしていました。

 私は彼女を落ち着かせようと声を掛けました。

「あの、大丈夫?何か困ってるの?」

「い、いえ、お気になさらず。サキュバスである私が間違って女の人の夢の中に入ったとかではないですから」

「あなた、サキュバスなの?」

「え?どうしてあなたは私がサキュバスだとご存知で?」

「さっき自分で言ったじゃない」

「あ……」

 私は彼女と一緒に夢から出て、互いに名を名乗り、いろいろと話を聞きました。彼女はマヤという名前で、男から性的快楽をエネルギーとして集めるサキュバスだと言いました。今日が初仕事で、どういわけか、女である私の夢に出てきたと言うのです。

「この度はご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」

 マヤちゃんは私のベッドの上で土下座をしました。

「ううん、気にしないで。初めてなんだから失敗することもあるわよ」

「なんとお優しい……。つきましては、何かお詫びを――」

 そう言って顔を上げたマヤちゃんに私は目を奪われました。

 大きくぱっちりした黒い瞳、ストレートのこれまた黒くて長い綺麗な髪の毛が、ベッドの上でうねって広がっていました。そして体の大きさは小学三年生ぐらい。華奢な手足と隆起の無い平坦な胴体――。

 私の理想の女の子が目の前にいました。ここで、私の邪悪な分身が顔を出したのです。


 ――――この子を虐めたい――――


 心の底から湧き出たその悪魔によって、私の口は勝手に動きました。

「ねえ、マヤちゃん。お詫びって……何でも言うこと聞いてくれる?」

「はい!私に出来ることなら何でも!」

 私は言質を取るようなことを言って、ベッドの裏に置いてあった工具箱から金槌を取り出しました。

「マヤちゃん、ちょっとこっちに来てくれないかしら?」

「はい?」

 私は振り向き様にマヤちゃんのこめかみを、持っていた金槌で思いっきり殴りつけました。マヤちゃんは私の左側へすっ飛んで、床に転がりました。

「沙耶さん……?一体、何を……?」

 殴られた場所を押さえて私を見上げたマヤちゃんの目には綺麗な粒の涙が浮かんでいました。

 私はそれを見て、自分を止められなくなりました。

「私ね、マヤちゃんみたいなかわいい子を、ずっとずーっと虐めたいと思ってたの」

 そう言いながら何度も何度も頭を殴りつけるうちに、マヤちゃんが手の平で抵抗し始めたので、私はそれが鬱陶しく思って、テーブルに置いてあった鋏を左手で取って、あの子の左手の甲に突き刺して床に固定させました。

「ギャーッ!」

 マヤちゃんの甲高い悲鳴が私の加虐衝動をさらに加速させました。

「いいねえ。その声、もっと聞かせてよ」

 私は、突っ立った銀色の鋏を引っこ抜きました。

 息を荒げながら、あの子の小さな手に狙いを定めていた時、私はある異変に気付きました。マヤちゃんの手に出来た裂傷が、何故か塞がり始めていたのです。

「なんなの……?それ、一体なんなの!?」

 私はマヤちゃんがサキュバス、人ではない化け物だということを失念していました。


 ポケットティッシュの裂け目のような傷がマヤちゃんの手から完全に消えて、私は思わず、持っていた鋏を落としてしまいました。

「ううぅ……。いたい……です……。どうして……こんな……」

「私の方が"どうして?"よ!なんで傷がもう治ってるの?あなた、何をしたの?」

「何って……?サキュバスは不死身なんですよ。これぐらいの傷、すぐ治ります」

 ――――知らなかった。サキュバスとはそういうものなのか。

 稲妻が走るような感覚がありました。それは私の体全体を巡り巡って、やがて私の脳内のニューロンが活発に活動し始めました。そして、一つの結論を導き出したのです。

「それじゃあ、いくら虐めても、死なないってこと?やりたい放題出来るじゃない!マヤちゃん、ずっとここにいて!私はあなたが欲しい!」

 気が付くと私は、マヤちゃんの肩を指がめり込みそうなぐらいに掴んで懇願していました。

「いやです!」

 マヤちゃんは私を拒絶して突き飛ばしました。背中から一対の黒い羽が生え、中空にできた黒くて丸い穴に向かって飛び立っていきました。

「こんなところにはいられません!怖いです!魔界に帰ります!」

「待って!」

 私はやっと手に入れたおもちゃをここで手放すわけにはいくまい、と手を伸ばしました。必死に伸ばした手はマヤちゃんの羽をしっかりと掴み取りました。

「放してください!取れちゃいます!羽が無いと私、魔界に帰れないんです!」

「それはいいこと聞いちゃったわ!」

 私はマヤちゃんの頭を鷲掴みにして床に押し付けました。

「こんなもの、無い方がいいわね……」

 私はマヤちゃんの黒い羽を掴んだ腕に、徐々に力を入れました。

「いや、やめて……い、痛……い……あ……ぐぁ……」

 ミシミシとかメキメキとかブチブチとかいう音が、私の耳を心地よく撫でました。

 ああ、出来ればずっと聞いていたい快音でしたが、残念ながら限りがあったみたいです。私はマヤちゃんの羽を二枚とも毟り取っていました。

 マヤちゃんは左を向いてうつ伏せになって、体をヒクヒクと痙攣させていました。肩甲骨の少し下あたりから流れる一本の赤い血筋が、男を誘惑するために露出させた白い肌と見事なコントラストを成し、私の眼にとても鮮やかに映りました。

 私は思わず股間に手を伸ばしていました。そして、自分の体の変化に気付いたのです。

「やだ……ちょっと濡れちゃった……」


 今、私はとんでもないことをしている。自分よりも小さな女の子に苦痛を与えて、あろうことか劣情を抱いている。目の前には虚ろな目をして背中から血を流す幼女。その子をそんな状態にしたのは、他ならぬ私。

 ――――最低だ。

 ――――変態だ。

 ――――死んでしまえばいい。

 私は虐めることが大好きだ。例えその対象が自分であろうとも。私はマヤちゃんを虐げ、自分自身も虐げ、いやらしい気持ちで今にも頭がどうにかなりそうでした。

 でもまだ達するには早いと、必死で自分を止め、更なる刺激を求めるためにマヤちゃんを()()()()へ連れて行くことにしました。

「マヤちゃん、起きて。沙耶お姉ちゃんにもっと痛いことされましょ?」

 でも、マヤちゃんは虚空を見つめたまま返事をしなかったのです。

「マヤちゃんっ!」

 私はマヤちゃんの背中の二つの傷の内、右側を同じ側の足で踏みつぶしました。

「ひぎぃっ」

 マヤちゃんはかわいい顔に似つかわしくない呻き声を上げました。そのギャップにゾクゾクしました。

「さあ、マヤちゃん、こっちにおいで」

 マヤちゃんの手を取った直後、

「触らないで!」

 とても強い口調でマヤちゃんは怒鳴り、鋭く伸びた爪で私の腕を引っ掻きました。

「痛っ……」

 私の血が一滴ずつ静かに床に落ちました。マヤちゃんはさらに怒鳴りました。

「もうやめてください!こんなのおかしいです!他の事なら何でもしますから!痛いのだけはやめてください……!お願いします……!」

 今でも信じられませんが、だんだん涙声で請願する彼女よりも、私はもっと別の事に囚われていました。

「……オモチャの分際で……、持ち主に傷を負わせるのはどういうつもりなの……?」

 私はゆっくりとマヤちゃんに近づきました。

「こ、来ないでください!」

 右から飛んできたマヤちゃんの小ぶりな握りこぶしを掴んで止めて、震えているそれをゆっくり開かせました。

「悪い子にはお仕置きよ」

 人差し指から小指までの四本の指をまとめて握って、第二関節を本来曲がる方向とは逆の方へ一気に曲げました。乾いた音の四重奏(カルテット)が辺りに響きました。

 悲鳴を発して蹲るマヤちゃんをよそに、私はあの子の長くて綺麗な黒髪を乱暴に掴んであの部屋(サンクチュアリ)に向かって引きずりました。

 マヤちゃんは何か叫びながら私の腕を乱暴に叩いて抵抗しました。

「騒がないの。どうせすぐ直るんでしょ?」

 私は扉を開けました。三日ぶりに入るその部屋は、自分の中で虐待部屋と呼んでいます。中には種類も大きさも多彩な包丁、ペンチ、鋸などが所狭しと壁に並んでいます。

「さあ、夜はこれから。お楽しみはこれからよ」

 これから起こるであろう悲惨な遊びに胸を躍らせ、私は舌なめずりしました。

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