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雪乃さんとぼくの株主優待生活  作者: オレカタ
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カレーと優待と雪乃さん

 生徒がみんな帰って行った。

 

 講義室は嘘のように静かになっていた。


 ぼくは一人で後片付けをしている。

 

 頭の中はきょうの取引の反省でいっぱいだ。

 

 売るタイミングさえ間違えなければ。

 

 そうすれば、もう1000円多く利益が出せていたのに。

 

 たかが1000円。されど1000円。

 

 くそー!

 

 なんてことを考えながらテーブルを拭いていると、廊下から強烈に床板のキシむ音が聞こえてきた。この音が聞こえたと言うことは、誰かが来たということだ。

 

 こんな時間にやってくる人と言えば、きっと?

 

 やけに滑りの良い引き戸がススッと開き、小柄な女性が姿を現した。


「雪乃さん!」


 この『株の塾』の先生の一人、雪乃さんだ。


「来てくれたんですか!」


「時に、桜井さん、ご存じですか?」


 前ぶれも無くしゃべり出す。それがいつものこの人だ。


 ぼくは雪乃さんのことを、マイペースで、真面目で、頑固な人だと理解している。


「ご存じって、なんでしょうか?」


「シロセ通商という会社です。ご存じですか?」


 どうやら株の話のようだ。


「いやぁ、聞いたこともない会社ですね」


「円やドルなど、為替の取引業務を行っている会社なんですが、ここの優待のカレーは量が多くて良いですよ!」


 と、ニコニコしながら話し出す。


 今日も、お得な株主優待情報を持ってきてくれたらしい。


 雪乃さんは、ぼくとあまり変わらない年齢なのに株に詳しい。


 とくに株主優待については人生を賭けるほどの執着をみせる。


「カレーの優待ですか? 優待でカレーって、めずらしいですね?」


「カレーはよくある優待ですよ」


「そうなんですか。でも為替取引の会社なんですよね? その会社が何でカレーなんですか? 関係ないんじゃ…」と言い終わらないうちに、雪乃さんが食い気味に割って入った。


「いけません!それはいけません!」


「…はあ」


「優待に関しては、人それぞれ思うところがあるかも知れません。しかし深く考えないほうが身のためなんです」


 うーん、そうか。株主優待とは、そういうものなのか。


「確かに、カレーをもらえるんなら何でもいいですよね」


「そういうことです。シロセ通商の優待は10000円相当の食品詰め合わせとなっています。それをもらうか、もらわないか。それだけのことです」


「え、10000円ももらえるんですか?」


「そうです。レトルトカレー&チンするごはん、パスタ&パスタソースなどです」



 【食品詰め合わせ 年1回】

  100株以上  10000円相当

  1000株以上 30000円相当



「えー、すごい量になるんじゃないですか!」


「わたしの両手にやっと収まるくらいの箱に目一杯入ってます」


 ぼくは、雪乃さんが抱えた段ボールが一杯になった状態を想像してみた。


「うん、その量は魅力的ですね!当面の食費が浮くと思うと使える優待と言って良いんじゃないですか?」


「です、ですよ、ですよねー!!!!!」


 スイッチが入ったのか、雪乃さんの目が急に輝きだした。


「レトルト食品は手軽ですし保存が利きます! なにより浮いた食費をまた投資に回すことができます! そのエンドレスな投資サークルこそが、株主優待の妙味!」


 さすが雪乃さん。株主優待を使いこなす思考が身に付いている。


「この会社は配当も順調に出していますから、なかなかお得な銘柄と言えます! 業績も今のところ好調です!」


「それはいいですね!」


「優待の権利を得るには、その月の最終営業日の3日前に株を持っていることが条件ですからね!」


「わかりました!権利日までに手に入れようと思います!」




――――― 権利付き最終日 ―――――



「雪乃さん!シロセ通商ですが、100株・1983円で約定です!」


「無事手に入れることができたわけですね。桜井さん、完全・株主優待生活にまた一歩近づきましたね!」


「はい!ありがとうございます!」




――――― 3ヶ月後 ―――――



「雪乃さん!見てください、優待が届きました! 箱一杯にカレーやら何やらが入ってるんです!」


「おめでとうございます!」


「当分これでやり過ごせそうです。カレーなら毎日でも飽きないですから!」


「よかったですね」


 こんなに食べたら、お尻からカレーがでちゃいそうですよ、というセリフを危うく口にしかけた。しかし、そんな冗談を言い合える間柄ではない。


「あれ? まさか」


「どうしました、雪乃さん?」


「桜井さん、いま飛んでもないこと考えてませんでした?」


「え、なんで、そんな、べつに…」


 雪乃さんはマイペースで、真面目で、頑固で、何より勘が鋭い。

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