作って来る男
某美術館で仕事を長くして来た。ここでの出来事、経験は今でも忘れられないことの一つだ。嘘のような出来事を当時の私や、他の方は経験してしまった。
きっと今、それを何の疑いも持たずに、受け入れてしまえばソイツは妙な勘違いをして、勝手に恋人にしてしまうかもしれない。それほど身の毛もよだつことを経験したのだから。
「よろしくお願いします。本日から、お客様を誘導する美田と申します」
初日に挨拶するのはどこでも誰でも大体は同じ。とてもじゃないけど、初日で人柄と性格と中身の問題までは見ることが出来ない。初めましての人とある程度仲良くなって、日常会話を楽しむようになるまでには、そこそこの期間が必要だと思う。
そうして、互いが慣れて来た頃、いつものようにお昼休憩で休憩室に入った時、その光景が目に飛び込んできた。そう、あの美田が休憩室にいる女性のみにすごく話しかけている光景だ。
私は自分で自炊していたから声を掛けられることは無かったけれど、主にコンビニ頼りか、駅食を購入してくる女性達に、彼は声を掛けまくっていた。もちろん、この時点では被害は報告されてない。
お昼に彼と時間が合った時、一部の女性達はお昼に部屋に来ることが減って来た気がしていた。何かセクハラでもされた? だとしたらクビになりそうなものだけど。彼は普通に仕事をしていた。笑顔を向けて。
でも、お昼はまるで表の表情を見せない営業仮面の様に別の顔を見せていた。さすがに不気味に思えて、思い切って聞いてみた。本人ではなく、ターゲットにされていた女性に。
「あ、あの……美田さんと距離置いているのはどうして?」
「あ、うん。えと……」
なんか、心なしか体調が悪そうにも見えるけれど、何だろう?
「最初はさ、みんな知らないでしょ。だから親睦深めたくてそうしていたんだと思っていたんだけど……」
「ん? 何が?」
何か、何だろう。この奥歯にモノが挟まった様な遠い言い方は何?
「彼はわたし達……ううん、独身女性とお弁当を持って来ない人限定で、自分の作って来た弁当? を食べてもらっていたの。私たちもバカだったなと。何の警戒心も持たずに、ね」
「は!? そ、それ衛生上やばいんじゃ……」
「そう、今思えばそうなんだけど。味はまともだったし、まずくなかったからね。それに個人じゃなくて、そこにいた特定の女性だけだったから報告はされなかった」
「や、それは……」
「個人で作って来るとかやばいってか、ホント、中に何が入ってるかとか今思えば……だから、何か最近具合悪くて、休んだりしてて」
怖いんだけど。普通、もらわないし。よほど名のある料理人なら分かるし、好きな人からだったらもらってもいいかなぁなんて思うけど、ないわー。
「で、奴は?」
「あー、うん。もうすぐ言い渡されるらしいけど、どうなるんだろうね。いなくなっても、記憶は消えないから」
「そ、それは何と言うか、私は関係してなかったけれど、何かその、大変だったみたいでごめんね」
「ううん、あなたは別に気にしなくてもいいよ。ホント、バカだったわ」
全く見知らぬ男なら当然もらわない。だけど、職場のそれも、みんなで親睦を深める為にしていた行動。それは果たして悪なのかどうなのかって問題にはなるけれど、私はもらわなかったから。本当にそれだけで、「大変だったね」の非情な言葉しかかけられなかった。
さすがに鳥肌は立ったけれど。新人で入って来た男が、慣れる為、親睦を深めるためにしてきたこと。それは、一部の女性達に毎日……手作りの弁当を作って食べさせていたことだった。いや、本当に無理。
実話を元にしたフィクションです。