91.彼の吐息と想いを胸に
「はぁはぁ、は~~……七瀬、まだいるか?」
教室に戻って来たさとるが息を切らせながら、七瀬に声をかけた。
「楪? 綾希と会ってたんだよな? 綾希はどこにいるんだよ?」
「えと……あいつ、外に走ってった。悪ぃ、目を離した隙に出て行っちまった」
「――お前、綾希を泣かせたのか?」
「い、いやっ……」
「ふざけんな! あいつは滅多にそんな意味のないことしない奴なんだよ! しかもこんな雨の中を走っていくとか、あり得ねえし!」
「七瀬くん、あやきちを頼みます! カバンとか後で持って行くから」
「泉、任せた」
教室の中には七瀬と由紀乃たちが、わたしを待っていたみたいで残ってたらしい。七瀬だけが、わたしを追いかけて傘も差さずに外へと出て行ったみたいだった。
「えーと、綾希ちゃんの元カレの、ゆずりは君。もう関わらないで欲しいかな。そうじゃないと、七瀬くんがマジで怖くなるし、私も怒る」
「……ごめん」
学校から外に走り出してそんなに時間が経った感じはしなかったけれど、大粒の雨に全身を濡らしながら走ってるだけで、こんなにも体が冷えるとは思わなくてすごく疲れた。
でもこれだけびしょ濡れになれば、唇に付けられたあいつの汚れも取れるかな。なんて思っていたら、さすがに具合も悪くなってきて、屋根も見当たらないその場で体のバランスを崩しかけた。
「綾希っ!」
「……んー?」
体が崩れて倒れかけたけど、気付いたら七瀬がいた。肩と腰が七瀬の手に支えられてて、そのまま抱えられて近くの屋根付きバス停に避難されてた。
「七瀬?」
「マジかお前……スゲー体冷えてんぞ。心配させんなよ……教室で待ってるって言ってただろ。何で外に走って行くんだよ」
「走りたくなったし、汚れたから……七瀬、ごめん」
多分この言い方で伝わったかもしれない。やっぱり七瀬に付いててもらえば良かった。そうすればこんな気持ちになることなんてなかったのに。元カレがどうとかじゃなくて、わたしの油断が彼を悲しませたと思っていたら、走るしかなかった。
「――んんっ!?」
雨に濡れて体を震えさせていたけれど、七瀬が温かくて彼の手がわたしの唇をなぞったと思ったら、彼の吐息と同時にキスされてた。




