73.七瀬の想い
前をよく見ないまま、ズンズンと進んだら七瀬の胸元に飛び込んでた。しばらく彼に抱きついてた。ということは、結構危なかったってことらしい。
「お前、俺がいなかったら今頃、空にいたかもしれなかったんだぞ? 分かってんのかよ、全く」
「ん、空を見上げたら七瀬がいたから。分かってた」
「ちげーし」
七瀬とのやり取りが好き。別に彼をからかうつもりで言ってるわけじゃ無い。でも、わたしの言葉に彼は、仕方ねえなって感じで返してくれる。そういう優しさを初めから出してた人。だから好きなんだ。
「と、とりあえず、電車乗ってそこから綾希の家な」
「分かった」
空気を読まなくてもいいけれど、七瀬はわたしの手に触れて来なかった。けれど、傍を離れずにいてくれた。彼なりに、何となく恥ずかしくなっていたのかもしれない。そこがまたわたし的に可愛く思えた。
駅に着いてからまた歩くわたしたち。歩きながら、それまで黙ってた……と言うよりは、我慢していた言葉を次々と出してきた七瀬。その言葉を聞かされたからといって、どうということはないけれど、黙って聞くことにした。
「席替えのことだけど、俺は何て言うか……先生に頼んでた。これ、オフレコな! でも、特別扱いは出来ないって言われた。それが事実。だから、別にお前と離れて良かったとか思ってないから」
「……ん」
「あと、お前の元カレのあいつ。アレは相手にならないから気にしてないけど、綾希もそうなんだろ?」
それについては何度も無言で頷いて見せた。
「だよな。沙奈が変な事言って、俺らを別れさせようとしてたらしいけど、無駄ってことだ」
そういえば、どうして沙奈は了のことを知ってたんだろ。どうでもいいことだけど、気にはなった。そう思ってたら、答えを教えてくれた。心でも読まれた?
「あいつら、塾が同じらしい。だから知ってたってか、知り合ったらしいな。波長でも合ってたんじゃねーの? その割には楪は相手にされてないけど」
「うん」
「安心した?」
「何となく?」
「そこは断言しとけよ! なんつうか、涙流させてごめん。そんなつもりなかった。綾希が大事すぎた。だから、その……」
優しさを大胆に出して来る割に、結構不器用なんだ。わたしへのキスも、まだ分かる様な感じでして来てない。やっぱり恥ずかしいってことなのかもしれない。焦らずにわたしも七瀬も、これから……これから。




