72.綾希だから
「綾希さん、今日はなんかごめんね」
「なにが?」
「あ、うん、俺が謝りたかっただけだから。気にしないでいいよ」
「あやきちは、鋭いのか本当に鈍いのか分からないなー。七瀬くんじゃないと駄目だー」
何となく分かるけど、どうして謝られるのかが分からなかった。むしろ謝るのはわたしの方だと思うし。
「綾希は俺に任せとけ。上城も、それでいいんだろ?」
「それでいい。なんつうか、近くの気持ちに気付けなかった俺は、ダメダメな奴って自覚した」
「まぁ、俺もそうかも」
良かった。七瀬とヒロは仲直りしたっぽい。由紀乃も何だか嬉しそうにしてるし、来て良かった。
「じゃあ、ウチらはこのまま帰るから。七瀬くんは保護者だから、あやきちを送って行ってね! よろしくー」
「おー! 任された。上城、泉を守れよ?」
「分かってる。じゃあまたな!」
夕方になった。お互いに帰る方向は同じかと言えばそうでもないけど、ヒロは由紀乃を送って行くらしいし、七瀬はわたしを送りたいということらしい。
「じゃあ、行くか」
「それで、七瀬の言葉は?」
「あ、あー……駅からお前の家にたどり着くまでには話す」
「じゃあ、もういい」
ずっとはぐらかされるのはもう嫌だった。彼からの答えなんて、もう出てるって思ってるけれど、直接聞かせて欲しいから待っていた。帰りの駅への人通りの多い道を、とにかく前なんか見ないまま突き進んだ。
「お、おい、綾希。前を見ないとぶつかるって」
「見えてるし」
見えるわけないけど、何か意地になってた。七瀬の後ろを普段はついて歩いていたわたし。前には誰もいなくて、とにかく進みまくった。後ろにはきっと、彼が慌てて追いかけて来ているって思いながら。
このままの勢いだと誰かにぶつかってしまうか、どこかの壁にぶつかってしまいそうなくらい、何も見えていなかった。展望台から駅までの道。付いて来ただけだから、人の流れとか車の流れとか気にしていなかった。
「綾希!!」
七瀬にそう呼ばれるまで気付けなかった。と言うより、呼ばれたと同時に彼の胸元が目の前にあった。一瞬、何が起こったのかさっぱり分からなかったけれど、七瀬が勢いよくわたしを引っ張ったらしい。
「お前なぁ……何を怒ってんのか、いや、見当はつくけど……周りを見ろって!」
「七瀬が見える」
「今は、だろ。あーもう! お前、危なすぎる。俺は、お前を離したら駄目ってことが分かった」
「駄目なの?」
「いや、だから……俺は、お前……綾希じゃないと駄目ってことだよ。じゃなくて、えと……」
「んん?」
「綾希だから。俺が……お前のこと、好きだからに決まってんだろ! あー恥ずかしい」
七瀬に覆われてるから彼の表情が見えないけれど、たぶんすごい真っ赤になってる。そんな気がして、そのまま彼の胸元で大人しくすることにした。ここがどこなのか周りが見えないけど、恥ずかしいくらい注目を浴びてる七瀬が、何となく愛おしい。愛おしくて、しばらく七瀬から離れたくなかった。好きだから。




