71.友達の笑顔
いくら鈍すぎるわたしでも、七瀬が気を遣って屋上に来たことくらいは理解してた。七瀬が夢で片付けたことも覚えてる。時間にしたら結構経ってたけれど、それでも由紀乃とヒロの様子は気になった。
由紀乃が好きな人はヒロ。ヒロが好意を寄せていたのはわたし。面と向かってしかも、当事者がいる前で好きと言われて気にならないわけがない。友達として……そう言わせたのはわたし。嫌いじゃないから、だから直接的な言葉をかけられなかった。
「綾希、気にすんなよ」
「なに?」
「お前の顔を見れば考えてることが分かるんだよな」
またそうやってわたしの心を奪おうとする。だから、ひねくれた答えを出す。
「何で分かった? 揚げ物が大好きだってこと」
「えっ? い、いや……そうなのか。じゃあ……って、誤魔化すなっての! 由紀乃と上城のことだろ。綾希が気にかけてんの、分かるんだよ」
「呼び方変えた? いつから由紀乃に……」
「まぁ、友達だから、さん付けってのもさ……」
分かるし。七瀬と由紀乃はすごく仲がいいから、その部分も何となく妬ける。
「あいつらなら大丈夫だから、綾希も笑顔を見せればいいと思うよ」
七瀬に言われるまで、自分がどんな顔をしていたのか気付いてなかった。たぶん、自分では気付かないくらい、落ち込んだような表情になっていたんだと思う。そこまで見られてしかも、気付かれたなんて何か悔しくなった。
「七瀬」
「……ん?」
「手を出して」
「いや、だからそれは……って、いてててて!?」
手を繋ぐでもなく、握るでもない。何となくの抵抗で、指を引っ張った。
「お前なぁ……小指だけ伸びたらどうしてくれるよ?」
「うるさい」
「何で怒ってるんですか? 綾希さん」
そんな感じで屋上の階段を降りて、屋内展望台に戻ったわたしと七瀬。出迎えてくれたのは、友達。
「あやきちーー! いちゃついてんな、こらー」
「してないし」
「くっ、反抗するようになりおって……七瀬くん、何とか言ってやってよ」
「今は勘弁」
そんなに痛くしたわけじゃ無いけれど、小指をさすりながら気にしてた。もちろん、ヒロのことを。
「ははっ、七瀬は綾希さんには形無しなんだな。マジでウケる!」
ヒロの言葉が初期に戻ってる。でも、嫌な感じじゃない。良かった、由紀乃もヒロも笑ってる。
「てか、あやきちも七瀬くんも抜け駆けで屋上にいきおってー! 罰としておごれー」
「ご、ごめん、由紀乃。上城の分とで奢るから、許してくれないかな? 綾希のことを」
「なんでわたしだけ?」
「この通り、綾希も頭下げてますんで!」
七瀬の手がわたしの頭の上に乗っかって来たと思ったら、わたしも謝ってた。
「そういうことなら許してあげようじゃないか! じゃあ、ひろ! ウチらも上へ行こうか」
「そうだね。七瀬、綾希さん。そんなわけだから、俺らの後ろを付いて来て」
「分かった、行くよ」
結局、また屋上に行くことになった。でも、由紀乃とヒロの距離が縮まったように見えた。いつもの明るいキャラの由紀乃なのに、彼女の手はヒロの服の袖口を遠慮がちに掴んでいた。たぶん、そういうこと。




