7.たぶん、それだけのこと。
自分がされて嫌な事はしないようにしてた。でもそれが見事に裏目に出てしまった。それが昼の出来事。隣の席の七瀬は、午後授業の間ずっと、みんなから注目を浴びていた。ホントにすみません。
「まだか……朝に何か食っとけばよかった」
「何も食べてないとか?」
「食べない派」
「……ごめん」
「気にすんなよ。葛西のせいじゃねえし」
「あと二時間だから。ホントに」
「こんな日もあるだろ。てか、起こしてくれたしいいよ。気にしてない」
もっと怒るかと思ってたけど、七瀬っていい奴だった。と言うか、編入初日の人だかりは何だったのか。それくらい、他の女子は彼に声かけもしなかったみたい。
「他に起こしてくれた子は?」
「いたようないなかったような。そもそも教室にいなかったんじゃね?」
「あ、そっか」
昼になると誰かに構うよりも先に、席を確保する。それが大事だったりする。そう考えると、悪い奴はまさに自分。彼が寝てたのを知ってたのに放置とか、ホントにヒドイ。
「ま、もうすぐ葛西と行けるし問題ない」
「すんません」
「いいって」
謝りの言葉の意味にはもう一つ付け加えることがあって、多分七瀬は、わたしとふたりだけでご飯とか思ってたと思う。途中で沈んだ表情になったのが、何より分かりやす過ぎた。
「奢りだって?」
「奢るのは七瀬くんだけ。沙奈たちには一言も言ってないし」
「案外ケチかよ」
当初はそのつもりと言うか、お詫びのつもりで誘ったのもあったのに、教室を出る時に何でかふたりがついて来てた。悪気なかっただろうし、断るのも違ってたからそのままにしといたけど、七瀬の顔を見て後悔した。
「甘くなかったか」
「え? 何が」
「いや、別に」
「で、やっぱ寝てたんだ? 起こされて嬉しかった?」
「寝てた。嬉しいとか違くね?」
七瀬に軽く聞いてた沙奈に、ちょっとだけムカついてたっぽくて、それがまた何とも言えなくなってた。
「その節は、ホントにごめんです……」
「うっは、悪い女子か! マジでウケる」
空気を読まない沙奈と比呂。これがまた七瀬の機嫌を損ねてしまってた。どうしようかな。
「綾希と俺、別んとこでメシ食うし。だから、ふたりであと頼むわ! 行くだろ?」
「う、うん」
完全に怒らせた。そう思えた。だからここは素直に、七瀬に頷いてみせた。最初からそうすればよかったなと思った。沙奈はともかく、タイプの合わない比呂がいたのがそもそもの間違い。ふたりは、バツの悪そうな顔をして、わたしに頭を下げてた。それを見つつ、彼の後ろを付いて歩くことにした。
「何食う?」
「七瀬の食べたい店で」
「じゃあ、あの辺な」
「どうぞ」
クラスで出会ってほんの数日。ご飯を外で食べるだけ。それだけが何となく、良かったかもしれない。