59.わたしと、カレと七瀬くん。
いつもいつも泣いて体調を崩していたんじゃ、学校どころか将来とか大変になりそう。大学とかに行くにしても、最低限の人付き合いはあるだろうし、わたしも強くならないと駄目だよね。
落ち込んでも仕方ない。そう思って普段通りに学校に登校したわたしは、隣の席の比呂に朝の挨拶をしてみた。
「ヒロ、おはよ」
「えっ? あ、う、うん。おはよう、綾希さん」
「ん、いい返事」
由紀乃はまだ来ていなくて、わたしと話が出来るのはヒロしかいなかった。わたしもヒロも積極的に話しかけるタイプじゃない。でも、たぶんどっちも話をしたかったんだと思う。
「綾希さん、あのさ……」
「ヒロは朝早く来てる?」
「えっ? あぁ、こう見えても俺、無遅刻キングだからね」
「で、なに?」
「今日さ、バイト早くに終わるんだけど、また何か食べたいのがあったら奢るよ?」
「それはわたしだけ?」
「そ、そうだね。綾希さんとふたりだけで……が希望かな。まともに話とかして来なかったから、したいなぁ、なんて」
由紀乃がヒロのことを好きだということは聞いている。そしてなおかつ、彼に近付きたくて同じバイトを始めたことも知ってる。別に、何かを食べながら話をすることくらいは友達なら普通のはず。だから、これは別に拒むことでは無い。
「分かった、大丈夫。でも、由紀乃、いるんじゃないの?」
「彼女、今日は休みだから。あ、バイトがって意味ね」
「そんなの、分かる」
「そ、そうだよね。ごめん、じゃ、じゃあ、バイト終わるくらいに連絡するから」
「ん、分かった」
そう言えば彼以外で、ふたりでご飯食べたり、話をするなんていつ以来だろうか。いつもは大体、4人で集まってたから、友達とふたりだけでって言うのは初めてかもしれない。それも男子の友達と。
ヒロと約束をして、そのまま眠くなって机に伏していたら、時間なのかぞろぞろと登校して来た。由紀乃は近くの席だから、ヒロに声をかけて自分の席に着いたのがすぐ分かった。でも、それ以外の女子や男子……そして、彼は声をかけてくることがなかった。
彼は学校では声をかけてくることがそもそも少なくなってたので、そういう意味では楽だった。
「おーい、あやきち! 朝だぞー! 起きろー」
「……ん」
「何だなんだ~? 寝てないの? 目の下ヤバいよ」
それはきっと涙の痕。一応、隠していたんだけれど、流しすぎて痕に残っているっぽかった。
「クマ?」
「や、それ意味違うし。っていうかさ、もう夏なのにそれも黙っていても汗が出てくるのに、よく寝れんね。ある意味、羨ましいよ。そこがまたあやきちの凄いとこだけどね」
「ありがと?」
「褒めてない、褒めてないよ? でも、そういうところが七瀬くんにハマったかもね」
七瀬くん……か。あーそれいいかも。由紀乃が使う彼への呼び方。それにしよう。そうすればまた、気持ちの切り替えが出来そうだし、彼も楽になるかもしれないし。そう思っていたら、彼がいつものように課題ノートを手にして、わたしに声をかけて来た。
「葛西、これ、いつものノート……それと、昨日はごめん。追いつけなかった……」
「おはよ、七瀬くん。課題ノート、もういらないから。自分でやれって先生にも言われたし。昨日のこと、気にしてない。今までありがと」
「――え、七瀬くん……?」
わたしの言葉に、七瀬も由紀乃も、ヒロも驚いてた。それできっと気付いたはず。七瀬自身も。




