58.七瀬トライアングル⑤
「あ、綾希? 何でウチに来た……?」
「来たらまずい事でもあった?」
「いや、そんなことないけど……先生に聞いて来たのか?」
七瀬、明らかに居心地悪そうにしてる。それもそうかな、隣に彼女がいるんだものね。
「そう。先生に頼まれた。七瀬のノートを届けてくれって言われたから。でも、すぐ帰るから安心していい。だから、彼女と仲良くしてていい」
動揺している七瀬にノートを手渡すと、わたしはすぐに踵を返して、駅に向かって歩き出した。なんて甘い夢を期待していたんだろ。早足で歩きながら、とめどなく涙が流れて来ていた。
七瀬と付き合ってない。それは自分自身にも誰に対しても言ってた言葉。別れていなくて、彼から告げられた「離れよう」の一言。それでも、外でのご飯とか、学校の中でのこととか、離れたけれど彼はわたしのことを想っていてくれてるんだ。そう思ってた。だけど、そうじゃないんだ。
それならもう、七瀬とは本当に離れた方がいいのかもしれない。だって、彼には彼女がいるのだから。
「あ~あ……輔、彼女に誤解されたんじゃない? きっと泣きながら走り出しちゃってるよ。いいの? 追いかけなくても……」
「いや、俺に追う資格なんて無いし……俺から離れたいって言ったから。もちろん別れるつもりで言ったんじゃなくて、俺自身がまだガキだからであって、だからなんつうか……」
「好きすぎてどう接していけば分からなくなった系?」
「まぁ、うん」
「分かるけどさぁ、でも、あのままの状態で離れたらたぶん、あの子は輔と本当に別れて他の男子と一緒になるかもよ? それでもいいわけ? だから私、あの子に「ライバル」とかってふっかけたのに」
「学校とかでも会えるし、ご飯食べに行けば話はするし……」
「今ならまだ間に合うよ。追いかけなよ。やばいよ? あの子はそういうタイプっぽいし……輔だけしか好きじゃなかったはずだし。だけど、このままじゃ輔がライバル視してる男子に取られるよ?」
「わ、分かった。行ってくる。珠洲菜、サンキュな!」
「……見た目良くても、あの辺がまだまだなんだよね、輔は」
後ろを振り向いても、七瀬は追いかけてきていなかった。やっぱりそうだよね。隣の彼女の傍を離れてまで、わたしを追いかけてなんか来ないよね。
七瀬の「離れよう」って言葉はきっと、彼なりの優しさだったんだ。涙を流して、立ち上がることも出来なくて、体調まで崩したわたしに彼は「別れよう」なんて言えなかったんだ。
わたしと七瀬の恋は終わり、かな。個性的なわたしのことを好きになってくれただけでも、彼に感謝しよう。学校でもいつも通りにしていれば、またわたしはわたしでいられるのだから。




