53.はにかみ七瀬と胸響き。
「……うーん」
「あ、あはは……由紀乃さん、心は平気?」
「それを言うならヒロの方でしょ? だって、まだ好き……」
「わ~ワーワー! 聞こえない。聞こえてないです」
「まぁ、いいさ。別れたはずのコイツらの光景には確かに腹が立つし、呆れて何も言えなくなるのは事実」
由紀乃と比呂はわたしと七瀬に向き合うように座っている。それはいつも通りのこと。そしていつも通りの光景と言えば、七瀬とわたしの何かの戦い。それを無言で眺めているふたりは自然と仲が良くなってきているみたいだった。
「綾ちゃん、好き嫌いは良くないぜ? ほら、あ~ん……」
「拒否する」
「なんだぁ? 人が親切に口まで食べモノを運んであげてるのに、拒否るとかねーわ!」
「それくらい、自分で食べるし」
「いや、遠慮すんなよ。俺は綾ちゃんに食べさせるのが好きなんだよ。それだけのことだし」
兄みたいになった。それは訂正して、それよりもひどいくらい甘えるようになった七瀬。別の意味でわたしは彼と離れたくなった。ファミレスに……ううん、何かを食べに来ると彼は遠慮しなくなったから。
「あやきち、一口くらいは許可しとけ。そうすれば子犬の様に大人しくなるから」
あぁ、そう言えばそうだった。七瀬はわたしにとって、背の高い子犬。すっかりと忘れていたけれど、由紀乃の言葉で思い出した。そういうことなら、そうしよう。そしたら、彼の頭を撫でてあげれば素直に言うことを聞くかもしれない。
「七瀬」
「んー?」
彼の名を口にして、そのまま運ばれてくるはずのデザートの到着を口を開けたまま、待つことにした。
「――!」
「……んん、甘い」
「どうよ! 美味しいだろ?」
「七瀬が作ったわけじゃ無い。でも、悪くない」
わたしの言葉に彼はとても嬉しそうに笑っている。そのはにかんだ笑顔が、どうしてか胸に響いた。
「あやきちと七瀬くんって、実はまだ付き合ってるよね?」
「否定」
「いや、違うから」
「なんでそこだけ息が合うんだか……」
彼もわたしもカレカノという関係から離れた。それは事実。ただ、由紀乃や比呂から見れば、その関係よりも今の方が、そう見えるらしい。でも、それを見せているのは七瀬とこうして一緒にいる時だけ。
学校の教室にいる時には、今の光景が嘘のように彼とわたしは冷え切っている。冷えているというよりは、至って普通のお友達という状態。教室では席が離れてしまったと言うのもあるけれど、七瀬の隣には沙奈がいるし、了もいるというのが、一番の理由かもしれない。
つまり、学校にいる時のわたし達の関係は間違いなく、付き合っていない。学校ではわたしのことを葛西と呼ぶし、七瀬からわたしに話しかけてくることはほぼ無くなっていた。それが、どうしてか外に出て、由紀乃と比呂のいる前では、子犬七瀬が本気を出すようになっていた。
「七瀬、お手」
「いや、お前……それは」
「じゃあ、頭を出して」
「ん? 頭?」
訳も分からないまま、彼はわたしに頭を下げてくる。そしてわたしは彼の頭を撫でる。それが何だかとても好きで、彼のことを可愛く思うようになっていた。
「綾ちゃん」
「なに?」
「……きだ」
「んん? 聞こえない」
「いや、何でもない」
七瀬とわたしの関係は、離れたことで全く別な関係性が作られようとしていた。まだまだ彼もわたしも、お互いをよく知らない。だから、友達以上恋人未満以下でもいい、七瀬とバカっぽくしていきたい。今はそれがとても落ち着くことだから。




