45.近付く夏とオンナ
進路の面談が終わり、季節は夏になろうとしていた。七瀬の面談は「どうだったの?」なんて聞いてみたけれど、彼は「ま、聞いても面白くないから」なんて、どことなく寂し気に微笑んでいた。正直言って、他人の家庭のことを聞いても面白いわけじゃ無い。
でも七瀬のことをもっと知りたい。だからこそ聞いてみたけど、そこは聞いて欲しくない何かがあるのかもしれない。だから、それ以上は聞くのをやめた。迷惑かけたくないから。
週明け、教室に入るとほとんどの子が半袖になってた。もちろん、わたしも。見渡す限りの男子たちも半袖だったり、まだ長袖だったりしてたけれどその中でも注目を浴びると言えば、七瀬と比呂のふたり。
たかだか、長袖で見せていなかった腕を見せているだけに過ぎないのに、どうしてそこまで騒ぐのだろう。なんてことをまるで他人事のように眺めていたけれど、教室に入って来た七瀬の腕を見たら思わず声を上げたくなった。
「な、七瀬――」
「まだそんな日焼けしてないなー? 輔、部屋に籠ってたん?」
「悪ぃかよ」
「だったら、暑い夏やし、外出まくって遊ぼ? 海とか、川とか?」
「いや、海はともかく、川ってそんな良くも無いだろ……ってか、腕に引っ付くなっての!」
「ケチぃな。まだ綾希と付き合ってん?」
身を顰めていた沙奈がまた活動を始めたらしく、七瀬に迫るようになってた。それとも夏だから勝手に自分自身を開放させたとか? もしくは以前言ってた噂か何かを引き合いにしているのだろうか。
「うるせぇな。まだじゃなくて、ずっとだ。言っとくけど、お前があれこれして来ても無駄だ」
「へぇ~? まだキスもしてないのに?」
「そればかりがカレカノ関係だと思ってんなら、やっぱお前とは合いそうにねえわ」
朝から相当イラついたのか、七瀬は自分の席に着くと少しだけ顔を机に伏した。でもすぐに、顔を起こして、わたしに笑顔を見せてくれた。
「おはよ、綾希」
「ん、おはよ」
「朝からあちぃな。つか、どうよ? この鍛えられた腕は」
「え? どこ?」
「いや、ここだよ」
とぼけたわけでもないけれど、七瀬は肘を付いてたわたしの腕に自分の腕を重ねて来た。朝だからあまり汗を掻いてないけれど、それでも朝から腕が重なり合うとかちょっと暑苦しいし、気恥ずかしい。
「や、暑いし」
「あ、うん。ごめん、チョーシ乗った」
ただでさえ注目を浴びている七瀬なのに、すぐにそういうことをしてくるものだから、女子たちの悔しそうな目が突き刺さってた。特に沙奈辺りが。
「おいおいおい、あやきち。スキンシップ自重しろ。七瀬くんも!」
「悪いのは七瀬だけ」
「あー、うん。あ、泉さん、この前はごめん。上城の奴、謝って来た?」
「うん。きちんと丁寧に謝ってくれた。それに、気にしてないよ。人混みは実際、具合悪くするしね」
水族館以来、比呂とは話をしていない。彼の考えていること、思っていることが分からないと言うのもあるけれど、なによりも七瀬がわたしを比呂に近づけさせなかった。
確かに危うかったかもしれないけれど、そんなにしてまでっていう感じがした。七瀬的に、わたしに近付く男はたとえ友達だろうと容赦しなくなってたけれど、そんな彼の危機感は次の週のHRから、さらに厳しさを増すことになってしまう。来て欲しくなかった夏とアレが――




