42.自然と浮かんだ彼の顔
「葛西さん、大丈夫? 人、多いよね」
「ん、平気」
「泉さんの姿が見えなくなってしまったけど、もう七瀬と出会えたのかな。葛西さんも早く会いたいよね」
「進んでいれば会えるから。それは別に」
「……そっか」
比呂は七瀬のことを気にしているのか、すごくそわそわしてる感じがする。わたし的には、由紀乃のことをどう思っているのかを聞きたい。由紀乃が話したくて誘ったわけだから。
「比呂は……由紀乃のこと、どう思ってる?」
「えと、いい子だと思う。話しやすいし、引っ張ってくれるし、気遣いが嬉しいよね」
いい子? いい子って何だろう。よく分からないけれど、上手く行きそうなのかな。
「良かった。由紀乃、喜ぶ。比呂と話がしたくて、誘ったから。だから、由紀乃とこれからも仲良くしてね」
「そ、そうだね。それはもちろん、そうするよ。で、でもさ、忘れてるのかな? それともわざと?」
「なに?」
「もう俺のことなんて何とも思わないで、七瀬の友達として接してくれてるのかな? 葛西さんに言ってどうなる事でもないけど、俺は本気で君のことを――」
沙奈がわたしと比呂をふたりだけにして、彼はわたしに告白をした日があったことを思い出した。あの時は、七瀬がどうとかまだそんなでもなかったけれど、比呂に対しても同じだった。
沙奈と一緒にいてからかったり、読まない言葉があっただけ。ただそれだけで、比呂に対していい思いを浮かべることは無かった。彼からの告白はわたしのことをいいなって思ってる。それだけだった。
最初の頃と今とじゃ、比呂の口調も態度も雰囲気も違うけれど、だからといって彼に対して「好き」といった気持ちが芽生えるかと言えばそうでもないわけで、と言うよりわたしが好きなのは彼だけ。まだキスもしていないけれど、彼のことをもっと知りたいし近付きたい。そういう最中だから、わたしは変わらない。
「ふぅーー七瀬くん、見つけた! あやきち、比呂くん、七瀬はここだよーって、あれ?」
「お、おかえり。ん? 泉さんだけ? 綾希と上城は?」
「比呂くんがあやきちの後ろに付いてくれるって言ってたから一緒だとは思うけど、私だけ先に来すぎちゃった感じかな。どうしようか?」
「比呂? あぁ、呼び方変えたのか。綾希と一緒にいるだって? まずいな……」
「また戻って探しに行く?」
「いや、泉さんはそこの自販の前で休んでていいよ。そこなら見つけやすいし。俺だけ、綾希たちを探して来るから。待っててくれる?」
「うん、オッケーです。じゃあ、私は水分補給しながら待ってますね! あやきちをよろしくですー」
何でか焦りながら、七瀬はわたしたちを探しに順路を逆流してまで、戻って来るみたいだった。何をそんなに慌てているのか、由紀乃には分からなかったらしいけれど、彼女はあんまり気にしなかった。
「俺は葛西さんのこと、諦めるつもりなんてないから……」
「七瀬が好き。だから、比呂のことは……」
「嫌いじゃないなら、俺はずっと君を――」
人の波に関係なく、比呂は壁を背にしてわたしと向き合っている。でも、わたしは七瀬がいる方を気にしながら、進んで来る人の波に体がぶつかってよろけそうになっていた。
「あっ……」
「葛西さん、こっちに!」
ほんの少しだけ体のバランスを崩した所で、比呂がわたしの手を引っ張って壁際に寄せて来た。以前、歩道上で自転車を避けた時に、彼の顔が間近に迫った時があるけれどその時よりも近くに迫っていた。
「……え」
「お、俺はキミのことが――」
彼の顔が間近にあって、そのままわたしに近付きながら何かを言おうとしていた。一瞬、ほんの数秒だけ動けなくなった気がした。そんなつもりもないし、それをさせるつもりもなかったのに。近付く比呂を押し返すことも出来ないまま、七瀬のことが脳裏に浮かんでいた。
七瀬の顔が浮かびながら、比呂はわたしの顔に迫ってた。そう思っていたら、彼とわたしの顔は手で壁が出来てた。
「はい、そこまでな」
目の前にあった比呂の顔に変わって、七瀬の手がそこにあった。比呂に掴まれていた手は、七瀬の手に変わっていてわたしの体は、七瀬が引きよせていた。
「――あ」
「ったく、綾希は俺がいないと駄目なんだな。大丈夫か?」
「……ん、平気」
今度は離れないように、七瀬の手はしっかりと繋がれてた。七瀬の視線は、壁に寄りかかる比呂に向けられていた。それも何だか、穏やかじゃない。そんな気がした。




