41.人波渋滞と、はぐれ七瀬。
「ごめん~こんなに人がいるだなんて思わなかったです。やっぱ、夏が近いし天気もいいから混むのかな」
「いや、時間じゃね? 帰宅とかぶってるし、ここってそれ以外に店が入ってるから仕方ないでしょ」
ほぼ遠出をしないわたしとしては、夕方に混雑するだとか帰宅の時間がかぶるだとか、そんなのは考えたことも無かった。だから、七瀬が知っているってことに意外性を感じた。でもそれはすぐに、分かったけど。
「何で知ってる? って顔してっけど、俺が前にいたところはこんな感じの所だったから。だから慣れってわけじゃないけど、そんなもんってことは知ってる。綾希とはここまで来てなかったしな」
「上城くんも?」
「いや、俺はこんな人が多い所から来たわけじゃ無いから。七瀬とは違うよ」
「ん、そか。ごめん」
「あ、いや、葛西さん悪くないから」
何だか気まずい思いをさせているかもしれないって思ったら、上城くんに謝っていた。それを眺める七瀬は何とも言えない顔してた。
「泉さん、俺らの分のチケット買って来てくれたし、中に入ろうぜ。もちろん、自分の分は払っとけよ?」
「ん、当然」
「だね」
出かけるド定番と言えば、水族館。ここは、ショッピングモールの中の一つで、人気があるところ。予算的にもそんなでもなかったから、誰も文句は言わなかった。
「お待たせです。これから、エスカレーター昇ってそこから入口なので、はぐれないように来てください~! 特に、あやきち! あんたは七瀬くんから絶対離れないように」
「分かった」
七瀬はわたしたちの中では一番背が高い。だから、いくら人混みがすごくても手を繋いでいれば、はぐれるようなことは起きない。そう思っていた。
思っていたのに、かえって小回り的なのが上手く行かなかったのか、気付いたらわたしの手から七瀬の手がするりと抜けていた。
順路通りに進めるのは結局のところ、その場所が空いている時だけだと思う。混雑していて人の波で、そのまま押し流されながら進まざるを得ない時は、上手く行くはずもないのだから。
「あー……」
「ってか、あやきち。七瀬くんどしたの? どこ行ったの?」
「流されてどこかに」
「うそ、マジで? てっきり、あやきちがはぐれるかと確信してたのに~……まさかの七瀬くんとか。あやきち、彼に連絡して」
「ん、分かった」
普段、学校行ってる時は使わないスマホ。そこが他の女子と違う。と言うのも、休み時間は寝ることがメインだったし、帰る時なんかは七瀬を見ながら話すだけだから。家に帰ってもメッセージのやり取りとかはしたことが無かった。それもあって、予想通りの展開が待ってた。
「由紀乃。駄目っぽい」
「え? 七瀬くん、読んでないの?」
「違う。電源切れてた」
「はぁ!? あんた、何の為の携帯なの……あーそう言えば、使ってるとこ見た時ないかも」
「うん」
「あのさ、俺、七瀬の連絡知ってるけど、伝えとく?」
由紀乃が呆れながら諦め顔でわたしを見ていた時、上城くんが声をあげた。
「さすがです! あの、お願いします。ほらほら、あやきちもお礼を言いなって!」
「ありがと」
「いや、いいよ」
そう言うと、人波混雑地帯から外れて壁際でスマホを眺める上城くん。彼の姿にふたりで期待して見ていた。由紀乃は、彼の優しさと行動に見惚れてた。少しして、彼が戻って来ると由紀乃はさりげなく彼の隣に立ちながら、その答えを待っていた。
「上城くん、どうだった? 七瀬くん、どこにいるの?」
「あ、うん。あいつ、流されたけどはぐれたんじゃなくて、この先の方で待ってるらしいよ。葛西さんにも連絡したらしいけど、何も返事が来ないから予想通りだって言ってた」
「さすが、あやきちの保護者。分かってるんだね」
「違うし」
「ん、じゃあ、ウチらも七瀬くんのとこに合流しよっか。あやきち、付いて来いよー」
「了解」
「泉さん、俺、葛西さんの後ろに付くから、泉さんが先頭で誘導してくれると助かるよ。いいかな?」
「ですね! そうします。優しいですね、上城くんって。あの、名前で呼んでいいですか?」
「あ、うん、それは別にいいよ。葛西さんも呼んでいいから」
そう言えば最初は比呂って呼び捨てしてたんだった。それが、別人疑惑から名字で呼ぶようになって、そのまま来てたけど、呼びやすいのは名前なんだよね。でも、七瀬の場合は輔って呼ぶのは気が向いてからにしてるけれど。呼び慣れてるし、好きだから。
「分かった。じゃあ、それでいい。後ろ、よろしく……比呂」
「はは、任せて」
そうして人混みに負けじと先を進む由紀乃とは、距離が徐々に離れて行き、気付けば比呂とふたりだけになってた。だからといって、何がどうなるわけでもないけれど、心なしか比呂は嬉しそうだった。




