34.優しいその手は誰のモノ?
「少ししみるけど、我慢な?」
「……」
わたしのヒザに触れる彼の手はとても優しくて、消毒液を湿らせた綿をポンポンと軽く押して来るその強さですらも、七瀬の優しさそのものが伝わって来る気がする。
「うし、これでばい菌とか大丈夫なはず。ってか、綾希は強いな。明らか痛そうなのに、泣きも喚きもしないとか、お前ってスゲーな。なのに、立てなくて動けないとか……マジか?」
「泣いて治るなら泣く」
「いや、そうだけど、そうじゃなくて……まぁ、いいや」
「七瀬のその手……医者の手?」
「いや、俺の手。綾希に優しくするための手な」
いつからこんなことを平気で言うようになったのだろうか。こんなにも、わたしなんかを好きとか、本気ですか。でも、保健室はあまり長くいたくない。そこにいたわけじゃないけれど、ここには沙奈が居て……目の前の七瀬にキスをした……とても良くない場所。
「保健医は?」
「ここの先生はサボりが多いんじゃね? 俺が寝てた時もいなかったし。いなくても、綾希の膝を消毒出来たしな。俺、スゲー!」
「スゴイネ……それで、誰かを侵入させたんだ」
「お前それ、まだ気にしてんのか。いや、そうだろうけど……どうすればいい?」
沙奈がここで七瀬にしたことを実行する……そんなベタな仕返しなんて、やりたくない。七瀬の言う通り、彼の手がわたしの為の物だと言うなら、それでいいや。今はそれだけでも、もらっておこう。
「ど、どうした?」
「七瀬の手が欲しい」
「えっ!?」
驚く彼の手を握って、わたしの口に彼の指を近付けた。
「――え」
「七瀬がわたしの唇をなぞる。それでいい……」
「んん? 雨の日にお前がやってたアレのことか。あ……あぁ、そうか。分かった」
「それでいい……」
直接キスをするとか、それはまだムリ。だけど、せめて彼の優しさと温もりと気持ちを感じてみたくて、キスの代わりにそれをしてもらうことにした。
「な、なんか、かえってやばい事してる気がするな……」
「握手とかでも良かった。けど、ここでそれだけは打ち消せないから」
「保健室でのこと、お前……ごめんな、綾希」
七瀬の優しい指が、わたしの唇をなぞる。キスよりも、何だか本当に七瀬を感じられた気がした。
「え、えと、その、俺はもう油断とかしないから。だから、綾希は俺にそんな心配とかするな」
「……分かった」
「そ、そろそろ戻るか?」
「嫌です」
「いやっ、体育祭だし。校内にいたらマズイだろ。あー女子たちがアレのことか。じゃあ外出ても俺、お前の傍にいるから、だから外に戻るぞ?」
「じゃあ、よろしく」
「あ、あぁ」
キスをしたわけでもないのに、七瀬は顔を赤くして先に保健室を出た。何かが恥ずかしかったのだろうか。
「もう一人で歩けるだろ?」
「努力する」
「してくれ。そうじゃないと、マジで俺、我慢効かなくなる」
「ん……?」
七瀬も何かを我慢していたのだろうか。彼と付き合ってまだまだほんの数十日くらい。とりあえず、七瀬の優しさはすごく理解出来た。体育祭も終わると、次はまた勉強とかでお世話になる。
「輔は、優しい」
「あ、あぁ……まぁな。でも、綾希だから」
「どうも」
「ほら、行くぞ」
そう言うと、彼はわたしに手を差し出した。さっきまでわたしの唇に触れていた手じゃない方を。彼の気持ちに気を遣って、彼のその手に触れ、一緒に廊下を歩き出した。




