32.泣きの兄と泣かせの七瀬
「綾希、俺の後ろにいろ」
「駄目。そうするとタオル取られる」
「タオルくらい……」
「七瀬の匂いが付いてるし、七瀬の汗とか」
「それはまずい。てか、ソイツ誰? 何だよ、綾ちゃんって」
「そう呼びたい?」
思ったよりも七瀬の方が興奮してる。どうすればおさまるかな。名前なのかな、やはり。
「許可してくれたらいつでも呼ぶ。それはともかく、ソイツを追い払わないと何にも出来ないだろ」
「綾ちゃん、このナンパ男は何だよ? お兄ちゃんに話してくれないかな」
「は? お兄ちゃん……? って、本物? そういや、家の人が来てるって、この人のことか?」
「いちお、このスーツ男は、兄の峻希」
「兄? そ、そうか。それならいいんだけど。でも、何か変態な人で安心出来ないぞ」
「なんだとぉう! ナンパ男こそ、俺の綾ちゃんに近付くなよ! しっしっ!」
あぁ、うざい。七瀬に失礼な事言うし、するし。何でここにいるの。七瀬はいいとして、峻希をどうすれば追い払えるのだろう。
「兄。この人は、わたしの彼氏の輔だから。邪魔しないでくれると、嬉しいから」
「か、彼氏!?」
「た、たすく?」
あ、どっちも驚いてる。これはどっちにも効き目があったかもしれない。
「あ、綾ちゃん……うぅっ、グスッ――」
「綾希、お前の好感度が相当上がったんだな」
あぁ、泣き出した。こんなことになるのは予想出来たけど、まさかこれが原因で出社拒否らないよね。
「……俺帰る。綾ちゃん、家には帰って来てね」
「当たり前。じゃあ、お兄ちゃん、さよなら」
これを言えば素直になってくれる。「お兄ちゃん」なんて、ほとんど言わないけどこれが一番効果高い。
「ふー、やっと帰ったな。お前、兄貴がいたんだな。しかも、かなりやばい兄貴が……」
「七瀬が兄を泣かせたから帰った」
「って、あれ? 七瀬に戻った!? な、何でだ。俺、お前を助けたよな?」
「ん、救われた。けど、泣かせは良くない。だから、減点」
「いや、俺じゃないだろ。綾希が俺を紹介したから兄ちゃんが泣いたんじゃないのか?」
そろそろ七瀬を許さないと、七瀬も泣きそうな気がする。




