31.誤解な彼と甘えの人
あんまりよく見えなかったりしたけれど、リレーで走ってる時の七瀬は、確かに見惚れるくらいに格好良かった。他の女子が騒ぐのも何となく分かった。
汗をかきまくった七瀬に、タオルでも持って行ってあげることにした。姿を探すと蛇口の所にいるみたいだったから、気配を消しながら近付いた。
「ふーー、あっつーー!」
「……」
なるほど。頭から水を浴びて、犬みたいに頭を振った七瀬って光って見えるんだ。雨で濡れた時はそんな状態でも関係でも無かったから気にしなかったけど、水とか汗が首筋に滴ってる七瀬ってやばいんだ。
「……お? 綾希か。珍しいな、タオル持ってるなんて」
「七瀬が光ってた……」
「ん? 俺が何?」
このまま渡さないとまた風邪ひきそうだから渡してあげた。
「サンキュな! 応援してたろ? 俺から綾希が見えた。お前って、マジで座ってたな。何となくだけど、届いてた」
「え? 負けてもいいって思ってたけど、届いた?」
「届いてたから意地になって勝った。ってことで、タオルサンキュ!」
言いながら、わたしの顔に向かってタオルを投げられてしまった。
「うぷっ……濡れてるし、七瀬の匂いがする……」
「ははっ、素直じゃねえから綾希に返しとく。俺、自販でなんか買ってくる。綾希も飲むだろ?」
「ん、いる。七瀬、わたし、家の人来てるから、そこにいる。あそこのテント辺りだから」
「分かった、すぐ行くよ」
兄だけ無駄に来てるのが納得いかないから、説教しないと駄目だと思った。わたしに甘えたい兄に説教すれば帰ってくれるはずだと思って、そこへ向かった。
「おーー!! 愛しの妹、綾ちゃんだ。綾ちゃん、午後の競技に出るんだよね? 応援するよーー」
「……何でいる? それもスーツのままで」
「そりゃあ、お兄ちゃんだから! 早退して来たよ」
「いなくていい。出口、あっちだから」
「いやいや、冷たいなー。ん? そのタオルで汗でも拭いてくれるのかな? 遠慮なく……」
「やめて!! それ、わたしのタオルだし。何で渡さなきゃいけない? 引っ張らないで」
「綾ちゃんのタオルなら問題ないよ。だから、その手を離してくれると嬉しいなぁ」
「渡さない」
わたしの兄は、吐き気がするほどわたしに激甘な人。そして読めない人。人目とか関係なしに、わたしに甘えて来る。兄が大好きだったのは中学に上がるまでだった。それなのに、兄だけはわたしを卒業出来てない。
「しつこいし」
七瀬が使ってくれたタオルを渡すわけには行かない。だから、必死に抵抗し続けた。
「おい、お前……綾希のタオルを離せよ! 嫌がってんだろ」
「綾ちゃんのタオルを借りようと思っただけだ。嫌がるはずないだろ。と言うか、誰だよ?」
「――綾ちゃん? 綾希、コイツ、ストーカーだろ? 体育祭にスーツで来てる時点で怪しすぎんぞ」
「あー……えーと」
「お前こそ誰だよ? 綾ちゃんをナンパでもしてんのか?」
予想はしてたけど、スーツで来るとは思ってなかった。確かに怪しい。でも、一応兄。七瀬の誤解をまずは解こう。そうしないとすごく面倒な気がする。でも、タオルは渡さないけど。




