25.少しの変化と、七瀬の手
「おめでとう! 綾希。俺のおかげで赤点免れたな」
「感謝」
「――ってか、真面目系女子だとばかり思ってたのに、お前寝てばかりだったんだな。マジで俺に感謝してくれていい」
七瀬のおかげで、中間は赤点を回避出来た。確かに七瀬の言う通り、わたしは真面目そうに見えてた女子。彼と話すようになる前から、席でずっと春眠の惰眠だったから決して点はよろしくなかった。
それでもおかげでいつもよりいい点を取れたから、七瀬とふたりで近くのカフェに来ていて祝われてた。
「何が欲しい?」
「んあ?」
こういう時、大抵は見返りで何かを求めて来るというのが、元カレで得た男の知識。だから、きっと七瀬も何かが欲しいと言うと思って聞いた。
「あー、テストの礼ってやつ? んー……言われるまで気付かなかったな」
「あ、そうなの? じゃあ、いい……」
「よくねーし。ご褒美見せかけといてお預けくらうとか、かわいそうだと思わねー?」
「ん、かわいそうな子犬」
「子犬……? よく分かんないけど、考えるからちょっと待って」
何だかんだで、すごい嬉しそう。何にもすごいものなんて贈れないんだけど。
「綾希、俺のことを名前で呼んで欲しい!」
「七瀬」
「ちげー! いや、名前だけどそうじゃなくて、輔って呼んで欲しいな、と」
「あれ、呼んでなかった?」
「いや、それはあいつだろ……」
「あーうん。考えとく」
沙奈が輔とか、比呂とか、下の名前で呼んでた。彼女はそういうことに意識してないと思うし。まぁ、友達なら意識も何もないけれど。でもまだ、七瀬の方がいい。
「そ、そか」
「わたし的に、七瀬って呼びたい。その方が好き」
「そ、そっか、好きならそのままでいいや」
「……わたしも七瀬から欲しい」
「じゃあ、一杯分奢る」
「違う」
なんか、一緒にいて傍にいるのに、全然触れてない。唇とか、肌は触れてるのに。すごい近いのに、どうしてそれが出来てないんだろ。こうして話してる時の距離はすごい近いのに。
「じゃあ、なに?」
「手……」
「手? あー握手か! いいよ、ほい」
「……帰る」
「あれ、何でキレてる? 握手じゃないの? って、あ……」
すごい簡単なはずなのに、何で分かんないかな。たぶん、無理っぽい。だから帰りたくなって、七瀬を置いて店を出て来た。隣の席なのに、家にも来たのに、何でかなぁ。彼氏なのに……何で分かんないかな。
「綾希! 先、行くなよ~」
「そう言いながら追い越して、そのままどこかへ行くの?」
走って来たらしい七瀬。ゆっくり歩いてたわたしを追い越して、振り向きざまに右手を掴んできた。
「いや、悪ぃ。お前、どこか行きそうだから、掴んどく」
「ん、それでいい」
「走って来て疲れたし、しばらくこのままな」
「どうぞ」
なんか、ようやく七瀬の手に触れた気がする。いつもじゃなくていいけど、やっぱり嬉しいし。
「綾希の手、冷たいけどなんかいいな」
「七瀬は温かい、違う。生ぬるい?」
「お前、素直じゃねえな。ま、いいけど。この後、どうする?」
「家庭訪問に来ていい」
「いや、それはまた今度でいい……その辺、歩くってことでよろしく」
「……ん、分かった」




