18.ありふれたシチュでありふれた告白。
雨で濡れるのはわたしだけでいい。でも、七瀬はそれが嫌っぽい。だったら、先生から傘を借りれば問題ないわけで。尤も、特定の生徒に貸してくれるわけがないことくらい、知ってる。それでも七瀬に迷惑とかかけたくない。
「綾希どこ行こうとしてる? どうせ職員室とかなんだろ。やめろって、そんなの」
「んー? 七瀬は自分の傘使えばいい。わたしはどっかから借りるから、それでいい?」
「良くない。あぁーもう、アレだ! よくあるシチュ(エーション)とか嫌だったけど、それでいいや」
「んん? なにが?」
「とりあえず、外に出るから綾希も一緒な?」
「ん、わかった」
何か知らないけれど、七瀬は何かと戦ってた。教室も廊下も誰もいなかったので、さすがにふたり一緒に玄関に向かった。
外玄関からだと、雨ははっきり見えていてやっぱり本降りだった。これは、折り畳みでも厳しいかもしれない。当たり前だけど、傘立てには傘なんて入ってなかった。入ってても使わないけど。
「綾希って、案外意地張りなのな。俺が貸すっつってんのに拒否るとか、マジかよ」
「治ってないのにずぶ濡れって、どう考えても病院送り」
「送られねーし。そうじゃなくて、俺よりも綾希がやばいって。お前、俺から移しただろ? 絶対、明日寝込むはず。そしたら、学校来ても面白くないんだよ……」
ああ、そうか。七瀬的にわたしって、面白枠が認定されてるんだ。だから、隣でいつも笑顔なのかな。確かにわたしがいないと、つまらないって思うかもしれない。他にいないもんね、机顔。
「じゃあ、さな……じゃなくて、他に面白い女子を見つければ解決する?」
「いや、だから……綾希、手を出して」
手を出すってことは、手を繋ぐ? そう言えば、元カレともまともに手繋ぎして無かった気がする。とうとう、手繋ぎデビューかな。
「コレ、やるから家の近くってか、屋根のある所に着いたらそれ使ってくれる?」
手繋ぎかと思ってたら、手に置かれたのは七瀬のハンカチタオルだった。なんで?
「で、傘開くから、俺の近くに寄って歩いてくんない? 嫌かもしれないけど、それでマジで頼むわ」
「んん? うん。いいけど、ハンカチタオルって何の為?」
「いいから、とりあえず濡れない所にしまっといて」
理解出来ないままに、七瀬のハンカチタオルをカバンの中に放り込んだ。そして、彼の傍に寄って外を歩き始めた。
「スゲー雨だな。綾希、濡れてないよな? こういう時、俺の背の高さが役立ってる」
「七瀬も濡れてない? 大丈夫?」
「俺、傘スキル高いから平気」
結局、ありふれているどこかの光景のままに、ふたりで一つの狭い面積を使って雨をしのいでいる。わたしも、七瀬もなんとなく、ありふれたシチュエーションに従うのが嫌だったかもしれない。
「こういうのって、ただのクラス……隣の席だからって、やることじゃないよな」
「もしかして、嫌い?」
「嫌いな訳ないだろ! 俺は最初っから好きで、いつもこんなありふれシチュを夢見てた」
「え? 好きって何のこと?」
あー、一応とぼけたけど、好きってわたしのことだよね、これ。やっぱ机顔からなのかな。
「……っんだよ。だからー綾希が」
「うん、好きってことで合ってた。面白いからで合ってる?」
「それだけじゃない。でも、そういうことで合ってる」
こうして七瀬と一緒に雨降りの中を歩きながら、気付いていたことがあったのは、わたしだけが全然濡れていなかったことだった。これは予想通り。絶対、小さい折り畳み傘をわたし中心に傾けて来ると思ってた。優しさの七瀬はそういうことをやるって予想してた。だから断ったのに、七瀬も意地張りだった。
「沙奈のことは?」
「何とも思ってない。さっき言わなかったけど、あいつ休み時間に来てた。で、告られた。けど、断った」
「あーだろうね。休み時間にちょくちょくいなくなってたから、そうかなって思った」
「それにあいつ……いや、何でもない」
「なに? キスでもされたとか」
「……」
嫌な予感と感じは大概当たるもの。こんな傘シチュでそれを知ることになるなんて。かと言って、沙奈と同じことなんてやりたくないし、付き合ってないし。家の近くに着いたら考えよう。今は、とりあえず歩く。
「七瀬。とりあえず、七瀬の家どこ? そこじゃなくてもいいけど、屋根のあるとこに行く」
「あぁ、うん。このまま一緒に、来てくれればいいから。お前、走って逃げないよな?」
「ないし」
「分かった」
全開で傾けられてて雨に濡れてないのに、ずぶ濡れで走って帰るとかないでしょ。んー、着いたら考えることにしよう。七瀬のこと、沙奈のこと。そして、わたしのこと。




