9 勝利の鍵
綾乃が使ったのは、魔法陣を相手の周りに発生させ、爆発に巻き込む爆炎魔法"ブロスタ"だ。
攻撃範囲が広いため、周囲に味方が入ると使いにくいスキルだが、朱夏もゴーレムと距離を取っていたから、巻き込まれる心配もなかったな。
それにしても、あの巨大な魔物をも飲み込んでしまうとは……。
さっき綾乃が使ったスキルのレベルは、確か3……。魔法のスキルレベルは、1〜5段階あって、綾乃のは、ちょうど真ん中の筈だ。
中間レベルであの威力。俺の水魔法とは、えらい違いだな……。比べちゃダメなんだろうけど。
まあ兎に角だ、あれだけの火力をまともに受けたら、さすがに無事では済まない筈だ。
俺と朱夏は、綾乃のもとに駆け寄る。
いつの間にか、竦んでいた身体は、元のとおりに動けるようになっていた。
「やったな神代。しかし、ゴーレムを倒すなんて凄い威力の魔法だな!」
「ちょっと、私の活躍も忘れないでよね! アレを出せたのは、アタシがゴーレムを引き付けたからなんだから!」
「ああ、朱夏も凄かったよ。何もしてない俺が言う資格はないけどな。ハハハ!」
「まあ、確かにね。アハハ!」
「……」
笑い合う俺と朱夏をよそに、綾乃は、険しい表情をしたまま、未だに黒煙を上げる、ゴーレムのいた場所を見つめ、沈黙していた。
「どうしたんだ、神代?」
「……まだ終わってないよ。気を抜かないで」
綾乃は、視線をそこから逸らさず、俺たちに警戒を促した。
ゴーレムがタフな魔物というのは知ってるが、さすがにアレを食らって、まだ無事というのは考えにくいが……。
そう思いながらも、俺たちは、綾乃の指示に従って、警戒するよう努める。
やがて、立ち込めていた煙が晴れると、それは、何事もなかったかのように佇んでいた。
身体は、多少煤けた程度で、ヒビすら入っていなかった。
「そんな!? あの威力の魔法を受けて平気なの!?」
朱夏は、目を見開き、驚嘆の声を上げた。
あのゴーレム、ただ硬いだけじゃないのか!?
綾乃の爆炎魔法が直撃しても、問題なく立っていることから、魔法への耐性も相当なもののようだ。
ん? ゴーレムが動かない。ダメージは受けてなさそうだが……。
「どうした、何故動かない?」
「実は、もう死んでるんじゃない?」
朱夏は、顔に冷や汗を浮かべながら、強引に楽観視している。
と、その時ーゴーレムが今までにない挙動を見せ始めたのだ。
両腕を横に広げ、拳を自らの腕の中に格納する。
拳を引っ込め、空洞になった両腕は、巨大な二門の砲塔のようだ。
ゴーレムは、両腕をこちらに向けて固定した。その姿は、照準を合わせ、発射態勢に入った兵器そのものだ。
「ねぇ、アレって、撃ってくるつもりじゃないの?」
「ま、まさか……、砲弾も無いのに何を撃つんだ……?」
ゴーレムが倒れていないことや行動の変化に、動揺した俺と朱夏は、若干、現実逃避気味に、これから起こるであろうことに目を背ける。
「2人とも! 今は、余計な事を考えてる場合じゃないよ!」
綾乃の声によって、我に返った俺たち。ゴーレムの腕から、物体が発射されたのは、それと同時だった。
*
爆音と共に、凄まじいスピードで巨大な砲弾のような物が飛来してくる。複数撃ち込まれたそれは、家屋を破壊し、地面にめり込み、辺りを瓦礫の山へと変えていった。
俺たち3人は、何とか初めの数発を躱し、瓦礫と化した建物の陰に隠れて、砲撃の雨をやり過ごしていた。
近くに被弾したバレーボールほどの大きさの物を確認してみると、それは、どうやらゴーレムの身体の一部のようだ。
なるほど、それで着弾しても爆発は、しなかったのか。たが、それで危険度が下がったわけじゃない。
あんな速さで飛んでくる石の塊を受けたら、俺はもちろん、チート能力を持つ、朱夏や綾乃だってほぼ即死だ。
兎に角、あの砲撃を止めないと……、このままじゃ、ゴーレムに近づくことができないまま的になるのを待つしかない。
何度目かの砲声が耳に響いた時、ふと、あることに気づいた。
どうも、ゴーレムの砲塔から放つ攻撃には、規則性、パターンのようなものがあるようだ。
「2人とも、ちょっと俺の話を聞いてくれ!」
「何? こんな時に……」
いつ砲弾が直撃するか分からない恐怖とゴーレムに近づくことができない歯痒さで、苛立った様子の朱夏だが、一応、俺の話を聞いてくれるらしい。
綾乃も特に異論は無いようだ。
「いいか? あの砲撃には、パターンがある」
説明に時間をかけられないから早口で言うぞ、と断りを入れてから、
「まず、ゴーレムが照準を合わせてから、発射するまで数十秒、毎回かかる。次に、発射される弾は、1回につき4〜6発だ。それ以上は1回の砲撃では撃ってこない。そして、次弾装填するのに、また数十秒かかる。これを繰り返しているみたいだ」
「ほ、本当なの……?」
朱夏は、俺の意見に懐疑的なようだ。
まあ、確かに疑うのも分かるが、今は、真偽のほどを、納得するまで検証している時間は無い。
こうしている間にも、ゴーレムの砲撃は、続いているのだから。
「……確かに、幸月君の言う通りみたいだね」
発砲音が止み、あたりが静寂に包まれたと同時に、綾乃が口を開いた。
今まで黙っていたのは、俺の言ってることが本当かどうか確認していたからのようだ。
「で、でも仮に、望の言うことが本当だったとして、アタシたちは、どうしたらいいの?」
朱夏は、俺の意見に納得しながらも、不安は拭いきれない様子で訊いてくる。
「まず、朱夏と神代の2人は、補助魔法で自分たちの俊敏性を上げてくれ。それから、別々の方向からゴーレムを挑発して囮になってほしい」
作戦の説明に2人は、緊張した面持ちで耳を傾ける。
「危険度は高いけど、これは、素早い2人にしか任せられない。それに、あの砲撃の精度は、そこまで良くないから、命中する心配も低い」
今も数発の砲弾がこちらに照準を合わせ発射されているが、いずれも命中するには至っていない。
「うん、危ないけどやってみるよ!」
「解ったわ。……けど、あんたは何をするの?」
まさか、高みの見物をするつもり? と、朱夏がジト目で俺を見つめてくるが、そんな訳ない。
何故ならー
「俺がこの闘いの勝利の鍵だ!」
そう高らかに宣言した。
「「………………」」
2人の少女が、「えっ、こいつ何言ってんの?」と言った表情で見てくるが無視だ。俺は、嘘は言っていない。
確かに、俺が"勝利の鍵"というのは言い過ぎだったが、俺の立てた作戦の重要な部分を握っているのは、間違いではない。
俺は、白けた表情をする2人に、もう1度、立てた作戦の説明を始めた。