8 ゴーレム
な、なんだ!? 何が起こったんだ!?
「どうしたの!? 何があったの!?」
俺が思ったことと同じようなことを言った朱夏は、驚愕の表情を浮かべ、目を見開いていた。
俺たちは、轟音に驚いて、悲鳴をあげて逃げ惑う人の波をかき分けて、大通りを目指す。
そこで見たものは……、腰を抜かし、逃げ遅れた人々。踏み倒され、グチャグチャになった露天の商品。倒壊し、見る影も無くなった家屋。
他にも、瓦礫の下敷きになった死体や血を流して倒れている人の姿を見受けられる。やはり、さっきの音は、爆発によるものだったのか……?
だが、そんな地獄絵図すらも搔き消すほどのインパクトを放つものがあった。
それは、神代綾乃。先ほどまでの少女の顔は、鳴りを潜め、目の前の者に対して、剣を構え、戦闘態勢をとっていた。
そして、そんな綾乃と対峙する存在。建ち並ぶ建物をも超える巨体、岩石で形成された身体は、全ての攻撃を弾くかの如くだ。
そんな石造りのバケモノはーまさしく、ゴーレムと呼ばれる魔物そのものだった。
*
ゴーレムーRPGなどのファンタジー作品でも度々登場するポピュラーな魔物。
石や金属に魔力を注ぐことで創り出された人工物ーというのが、フィクションで描かれるゴーレムだ。
この世界に存在するものも、RPGなんかに出てくるやつと大体同じだ。
人や魔族によって魔力を与えられ、生み出された石造りの巨兵で、創造者の命に従う眷属ーというのが、世間一般の認識だ。
だが、そんな魔物がどうしてこんなところに?
辺りを見回しても、このデカブツの主らしき人物は、見当たらない。
ゴーレムは、他の存在に興味が無いかの如く、綾乃から視線を逸らさない。
「朱夏、神代の援護を!」
「解った!」
俺の指示を受けた朱夏は、駆け出し、ゴーレムとの距離を一気に詰める。
石造りの巨兵は、朱夏が数メートルの距離まで迫ったところで、ようやく、気がついたようで、綾乃から視線を外し、朱夏を迎え撃つ態勢をとる。
だが、その動きは、鈍重そのもの。
素早く立ち回りながら、斬りかかる朱夏の動きに、全くついていけてない。
朱夏の斬撃は、ゴーレムにクリーンヒットした。
だが、さすがは、石でできているというべきか。ゴーレムには、ほとんどダメージを与えられていないようだ。
ゴーレムは、標的を朱夏に切り替え、襲い掛かる。
「くっ!」
素早く動き続け、ゴーレムの攻撃をかわす朱夏。
たが、あの巨体から繰り出される攻撃は、1発でも食らうと致命傷になりかねない。
俺も朱夏の援護を……!
この世界に来てから、すぐ戦力外通告を食らった俺だが、城の魔法使いから、いくつか魔法は教わっている。
俺は、右手に神経を集中し、呪文の詠唱を始める。
今唱えているのは、水の魔法。
この世界では、まず始めに習得したいスキルを見る必要がある。
それは、敵のだろうと味方のだろうと、どちらでも良い。
その要領で、城の魔法使いから、俺も水と氷の魔法を習得したのだ(どちらも最低レベルのLevel1しか習得できなかったが)。
よし! 詠唱完了!
俺の右手には、水色の小さな魔法陣が完成していた。これが、魔法発動可能の合図だ。
狙いをゴーレムに定め、
「食らえ、"ウォータル(Level1)"」
俺の手から、勢いよく流水が放出され……なかった。
俺の手から放出された水は、ホースからちょろちょろと出た程度の水量しかなかった。
当然、ゴーレムの身体を濡らす程度の効果で、全くといっていいほどダメージを与えられていない。
水を浴びたゴーレムも、それに一瞬気を取られ静止したが、攻撃ではないと判断したのか、すぐに注意を朱夏に戻した。
「な、何でだ!? 詠唱は間違ってないはずなのに!?」
「魔法は、魔導力で威力が変わるって教わらなかったの!?」
ゴーレムの攻撃から逃れながら、朱夏が怒ったように言う。
そういえば、初日の座学でそんなことを教えられた気がする……。
ということは、魔導力一桁の魔法では、ダメージを与えられないということか!?
くそっ! 結局、ゴーレムの意識を朱夏から逸らすことにも失敗したし、俺は、指を咥えて見てるしかないのかよ!!
俺がどうすることもできずにいる間も、ゴーレムの攻撃は続く。
徐々に朱夏の動きが鈍くなってきた時に、ゴーレムが朱夏を捕まえようと手を伸ばす。
朱夏は、避けきれず、ゴーレムに握り潰されそうになるーが、そうは、ならなかった。
朱夏は、捕まりそうになった瞬間に、綾乃によって救出されていたのだ。
「遅くなってごめん! 朱夏ちゃん、大丈夫だった?」
「う、うん……」
綾乃の問いかけに、顔を赤くして、答える朱夏。どうしたことか、いつもより歯切れが悪い。
多分、お姫様抱っこの体勢で抱えられているのが原因だろう。俺も今度、殴られそうになったらやってみよう。
それにしてもあの速さ……、どうやら、綾乃は、ゴーレムの意識が朱夏に向いている間に、自らに補助魔法をかけ、ステータスを上げていたようだ。
「幸月君は、危ないから下がってて! ここは、私たち2人がやるから!」
「り、了解!」
いやいや、了解じゃねぇよ。何、ナチュラルに物陰に隠れてんだよ俺。
知り合いの女の子たちがあんなバケモンと戦ってんだぞ?
お前だけ安全なところに避難するつもりかよ。
ここで何もしなかったら、それこそ、本当の出来損ない勇者だぞ。そんなの嫌だろ?
決心した俺は、意を決してゴーレムに立ち向かおうとする。
がー
「あんたは、動かないで! 足手まといになるから!!」
という朱夏の命令を受け、物陰にUターンする。
ま、まあ、あんなこと言われて、まだ強引に行くようなストロングハートは、持ち合わせてないからね。仕方ないね。
そんな俺をよそに、2人の少女とゴーレムの闘いは、激しさを増していった。
巨大な拳から繰り出される攻撃を躱しながら、確実に剣撃をヒットさせている。
だが、ゴーレムの岩石でできた強固な身体がその攻撃を通さない。
「くっ……、なら、今度は魔法で!」
「分かった、詠唱の時間を稼ぐわ」
詠唱を開始した綾乃に、朱夏はそう言うと、素早くゴーレムとの距離を詰め、相手の意識を自分へと集中させる。
「ほら! あんたの相手はこっちよ!」
作戦は功を奏し、ゴーレムは、対象を朱夏へと定め、後を追い始めた。
朱夏は、家屋などを上手く使い、ゴーレムを撹乱し、攻撃すらさせない。しかも、やはりと言うべきか、ゴーレムは、行動が遅く、攻撃が当たらないどころか、朱夏との距離自体が離れていく。
そして、そんな隙だらけのゴーレムに向けて、詠唱を終えた綾乃が魔法を放つ。
「"ブロスタ(Level3)"!!」
そう綾乃が唱えると、ゴーレムの周囲を無数の巨大な魔法陣が包み込む。そして、その魔法陣から爆発が起こる。
轟音とともに発生した爆炎に、ゴーレムは、なすすべなく飲み込まれる。