7 市場町サリ
早朝の聖教国ヴィルム、城門前。本日は晴天なり。
朱夏と共にこの国から脱出することを企ててから数日が過ぎた。
実は、今日特別なイベントがあり、それに乗じて、この国からトンズラする。それが、俺たちの立てた計画だ。
その特別なイベントとは、週に1度、不足した嗜好品を買いに行くという、お使いイベントだ。
さらに今日は、そのお使いと召喚組の休日が重なっている、正に絶好のチャンスである。
これは、なんでも雑用係の俺がいつも行かされており、今日も俺が行くことになっている。
その内容は、護衛兼見張りの兵士1人が張り付き、近隣の街に買い物をするという楽なものだ。
兵士が引率してくれたのは、初めの1回だけだったが。
そう、見張りのいない買い物に朱夏がついて来て、しれっと脱出する-それで終わり。
まあ、脱出にも色々問題はあるが、それには、目を瞑ろう。
今は、この国から出ることが重要なのだ!
そして今俺は、準備を終えて、朱夏が来るのを待つ。
あと少しで、この国とはおさらばだ。
の、だが……。
「幸月君、こんなところで何してるの?」
まさか、神城綾乃と遭遇するとは……。
これはちょっと予想外だぞ。
な、なんとか誤魔化さねば。
「あ、ああ……、えっと、その〜……」
「?」
咄嗟の言い訳が思いつかない、自分のアドリブ力の無さが怨めしい……。
綾乃は、キョトンとした表情をして、首を傾げている。
まずい……、このままじゃ、すぐに勘づかれる。
な、何か、何かないか!?
……そうだ!
「き、今日は、買出しの日なんだよ。朱夏と一緒に、行くことになってる」
「ふ〜ん、そんなんだ……」
よし! なんとか納得したようだな。
「お待たせ。じゃあ、行きましょ……!?」
準備を終えた朱夏が俺の元にやって来た。カモフラージュのためか、装備品は、持って来ているようだ。
何やら、綾乃の姿を見て驚愕しているようだが、安心しろ。
ちょうど今、丸め込んだところだ。
「じ、じゃあ、俺たち行くから」
急いで出発しようとする俺たちの背後から、
「ねぇ! 私も行っていいかな?」
綾乃の声が響いたのだった。
*
綾乃の申し出を上手く断れなかった俺たちは、3人で隣町を目指すことになってしまった。
疚しいことがあるため、強く拒否することはできなかった。
「ちょっと、どうすんのよ!?」
道中、先頭を歩く綾乃に気取られないように、朱夏が小声で訴えてくる。
「しょうがないだろ! こんなの想定外だったんだよ!」
今更、邪魔だと言って、お帰り頂くわけにもいかないし……。
それに、下手な事したらバレそうで怖い。
「そろそろかな! どうかな?」
そんな俺たちを尻目に、綾乃は、この世界に来てから、いや、日本にいた時も見たことがないくらいはしゃいでいる。
「ゴメンね? 私、ヴィルムから出たことなかったから、はしゃいじゃって」
心底、楽しそうな笑顔を向ける綾乃。
そうか、俺以外の奴らは、国外に出る機会なんてなかったんだな。大体のものがヴィルムの城下町で手に入るし、当たり前か。
しかし、こんな姿見せられたら、もう「帰れ」なんて言えない。
俺たちは、綾乃を追い返すことを諦め、新たな策を巡らせる。
(考えろ! 綾乃と一緒に行って、尚且つ、逃げきる作戦を! 考えろ、考えろ、考えろ!)
必死に、ない頭をフル回転して、計画を立て直す俺たちだったが、そんなに都合良く、妙案など生まれず、どんどん時間は過ぎていった。
そして、遂に、目的地に着いてしまった。
*
聖教国ヴィルムの隣町-市場町のサリ。
規模は小さいが、多くの物が流通し、多くの人で賑わう活気の良い町だ。
「うわ〜、人がいっぱいだね!」
町を行き交う人々を、綾乃は、興奮した様子で見回していた。
何時もの、しっかりとした彼女からは、想像もできない。いや、寧ろ、本来の彼女は、こういう感じなのかもしれない。
「よし! じゃあ、俺と朱夏でお使いしてくるから、神代さんは、自由にしててよ」
取り敢えず、綾乃とは、別行動を取ったほうがいい。
俺の提案に、朱夏も便乗して頷く。
さすが幼馴染。こういう時のコンビネーションは、バッチリだな。
「私も着いてくよ?」
キョトンとした表情を浮かべ、さも当然のように言ってくる。
普段ならどれだけ嬉しかったか……。
「ああ、そう……」
くそっ! 作戦失敗!
「……それじゃあ、一緒に行くか」
「え、ええ。そうね」
「うん! 行こう〜!!」
それからは、3人で、買い物を楽しんだ。
綾乃に怪しまれないよう、いつも買う、タバコや菓子などの嗜好品を買い込んだ後は、連れの少女2人のショッピングに付き合わされることになった。
服屋に入るとすぐに、あれこれ試着しては、あれはどうだ、これはどうだ、などと吟味している2人。
女同士、気が合うようで、随分と話に花が咲いている様子だ。
綾乃は、もちろんだが、朱夏も当初の目的を忘れて、楽しんでいるようであった。
俺は、この会話についていけず、すぐに店内の端で、待機することになった。
どうでもいいが、店員と女性客の視線が痛かったです……。
ああいう店に男がいるのは、そんなに異質なのだろうか。
単に、俺が怪しいだけという説もある。
綾乃は、もちろんだが、朱夏も当初の目的を忘れて、楽しんでいるようであった。
それからも、別の服屋やアクセサリー店を転々としていると、時間はあっという間に過ぎていった。
早朝、出発した時と比べると、太陽は随分と西に傾き始めている。
……いかん、完全にタイミングを見失った。
そろそろ行動しないと……。
俺は、未だに、きゃいきゃいとはしゃぎながら、露天商の品物を吟味している朱夏の首根っこを掴み、店から引き剥がし、
「朱夏、ちょっと来い」
「ちょっ、まだ買い物の途中なんだけど!」
「お前、もう夕方だぞ! いつ動くんだよ!?」
そう問い詰めた。
「動くって何よ!? …………あっ」
楽しい時間を強制キャンセルされた事に腹を立てていた朱夏。
しかし、自分たちの真の目的を思い出した様子で、間の抜けた声をあげた。
「おまっ、忘れてたのかよ!?」
前に、「当初の目的を忘れて楽しんでいるようであった」という比喩を使ったが、まさか、本気で忘れていたとは……。
信じられん、言い出しっぺは、こいつだぞ。
朱夏は、俺の咎めるような視線から、逃れるようにして、体を捩り、咳払いをして、
「わ、忘れてなんかないわよ? アタシは、ちゃんと作戦も考えて、綾乃の隙を窺ってたんだから!」
などと、見苦しい言い訳をしたのだった。
嘘つけ。これから逃げるつもりのやつが、アホみたいに金使って、荷物を増やすわけないだろ。
まあ、今更いってもしょうがないし、……どうしたもんかな。
「ねぇ、逃げるなら今じゃない? 綾乃は、買い物に夢中で、こっちの様子に気づいてないし」
思案する俺に、朱夏は、唐突に言いだす。
いや、半日使って思いついたのがそれかよ。
だが、確かにそれもありだな。
朱夏の言うように、綾乃は、こちらを全く気にしていない。隙をついて逃げるのも用意だろう。
「分かった、それでいこう」
綾乃を置いて逃げるのは、心が痛むが、他に作戦も思いつかないし、しょうがない。
俺たちは、綾乃がいる大通りとは反対方向の路地を通り、逃げることにした。
幸いな事に、その間、綾乃がこちらに気づくことはなく、この、即席で穴だらけの作戦は、成功したのだった。
だが、路地を抜け、いよいよという時ー突如、大通りの方角から。ドゴォォォォン……!! という爆発音のような轟音が起こったのだった。