6 脱出計画
給仕や清掃といった雑用を全て終え、自室に急ぐ。
他のクラスメイトたちは、王宮内の上質な部屋が用意されているが、俺の部屋は、他の奴らとは違う特別待遇だ。
城の敷地内にある小さな空き倉庫。それが俺の愛すべき我が家である。
木造のそれは、あちこちガタがきており、壁はあちこち剥げており、隙間風が入り込む。
それはあばら家というに相応しい、ボロ小屋である。初めてこの建物を見た人は、廃墟と見間違うことだろう。
まさに特別待遇、特別扱いを体現している。聖教国ヴィルム滅ぶべし!!
そんな無意味なことを考え、溜息をつきながら扉に手をかける。すると、扉ごと取れてしい、内部が丸見えになってしまった。
まあ、こんな所に盗みに入る奴もいないか。などと、自嘲気味に笑った後、自然と深い溜息が溢れてしまった。
取り敢えず扉を出口に立てかけ、改めて部屋を見渡してみる。
やはり、部屋の中も外と変わらずボロボロで、ほとんど物は置かれておらず、殺風景極まりない。
唯一あるのは、白いシーツに藁を詰めたベッドだけた。『アルプスの少女ハ○ジ』のハ○ジが使っていたベッドを想像したら分かりやすいかもしれない。
ベッドに横になると、疲れからか、すぐ睡魔が襲ってくる。
そういえば、誰かと約束していた気がするが、眠気に抗うことはできずに、すぐに意識を手放した。
*
コン、コン。
どれくらいの時間が経っただろうか。
突然の物音に、睡眠も妨げられ、若干イラつきながら、辺りを見渡す。
こんな時間に誰だ? 壊れた扉を見て、律儀にノックしているのだから、盗人の可能性も薄いし。
仮に盗人であっても、城の敷地内に侵入したのに、わざわざ、こんなあばら家に侵入する物好きもいないだろう。
未だ鳴り響くノックの音にうんざりしながら、再び床に就こうとした時、
「なんで出てこないのよ!? さっさと出てきなさいよ!!」
という声と共に、ドゴッ!! という音がして、朱夏が扉を蹴破り、部屋に飛び込んできた。
なんだ、なんだ!? 突然の轟音に、一気に覚醒した俺は、戸惑いながら、部屋に飛び込んで来た、危険人物に目をやる。
危険人物は、戸惑う俺に、さらにイライラを募らせた様子で、怒りで眼を爛々と輝かせ、恐ろしい笑みを浮かべている。
「アタシが待ってんのに、あんたは、小屋で夢の中なんていい度胸じゃない。気分はどう?」
気分は、最高だったよ。お前に叩き起こされなければな。
そういえば昼に、夜、会う約束してたな。
「約束忘れたのは悪かったけど、わざわざ蹴るなよな。唯でさえボロいのに、これ以上壊されたら住めなくなるだろうが」
「はぁ? 扉なら初めから壊れてたじゃない。それに、ここはもう立派な廃墟よ」
失礼な、俺の愛すべき我が家を廃墟呼ばわりするとは。
自分では、廃墟だと思っていても、いざ相手に言われるとなると腹立たしい。
あんまりな朱夏の物言いに、カチンときたが、本題に進まないので、怒りをグッと堪える。
「すまなかった、約束忘れた俺が悪いよ。で、その用ってのは、何なんだ?」
まだ、若干怒りが収まらない様子の朱夏だったが、臨戦態勢から話す態勢へと切り替えてくれたようだ。
「あんた、自分の今の状況をどう思ってんの?」
どう思っているのか、酷く抽象的ではあるが、言いたいことは分かる。
自分の置かれている立場について訊きたいのだろう。
「良くは無い。というか、良い所なんかほとんど無い。何で拉致された身なのに、雑用させられているのか、本当に意味が分からない」
「……そう。……そうよね」
俺の言葉を咀嚼しているかのように、俯き、ブツブツと呟く朱夏。
やがて、考えがまとまったのか、顔を上げ、決意したかのようにこちらを見る。
「この国から出ましょ。脱走するの!」
「………………は?」
何を言っているのか理解できず、一瞬固まる。
やがて、彼女の言葉の意味を理解できた俺は、
「はぁ!!!?」
そんな間抜けな声を上げてしまった。
それが思いの外大きかったらしく、慌てた朱夏は、急いで俺の口を塞ぐ。
「ちょっ、声デカすぎ! 王宮から離れているけど、ここに人が来ないなんて保証はないんだからね!!」
テンパった朱夏に、口と一緒に鼻まで塞がれた俺は、若干、酸欠状態になりながら必死に頷き、解放してもらう。
危ない。色んな意味で危ない。
「はあ、はあ。……いきなり何言い出すんだ?」
「だって、弱いってだけで雑用させられたり、弱いってだけでイジメられるあんたを見るのはムカつくのよ!」
おい、そんなに弱い弱い連呼するなよ。涙ぐんじゃうだろ。
予想外のダメージを受け、涙目になる俺を気にすることなく、朱夏は話続ける。
「そ、それに、無理やり連れて来られたのに、厄介者扱いされてるあんたを見たくないっていうか……。一応、友達、なんだし……」
朱夏の声は、尻すぼみになっていき、後半は、あまり聴き取れなかった。
だが、どうやらこいつはこいつなりに、俺のことを心配してくれていたようだ。
だが、だからといって、自分勝手な行動をして良いというものではない。
俺は諭すように、言う。
「いいか、朱夏。勝手なことをして、周りに迷惑をかけるのは、最低な行為だ。お前が俺のことを心配してくれているのは、ありがたいがな」
「は、はぁ!? し、心配なんかしてないっての!」
俺の言葉に、顔を真っ赤にさせ、慌てふためく朱夏。
そんな古典的なツンデレ反応されてもな……。
やがて、冷静になった朱夏は、コホンと咳払いをして話を戻す。
「迷惑って? クラスの奴らのこと? あんな奴らに気を使う必要あるの?」
「あのな……」
反論しようとしたが、ふと、朱夏の言葉が頭をよぎる。
果たして、クラスの奴らを気にかける必要なんてあるのか?
考えてみれば、俺と仲良いのは、目の前の見た目幼女ぐらいで、他は、地球にいた時からさほど交流はなかった。
こっちに来てからも、絡まれたり、邪険にされたり、見下されるだけだったように思える。
もう1度、この問いに対して、自問自答してみる。
クラスメイトどもに気を使う必要なんてあるか?
いや、無い。
唯一の気がかりは、神代綾乃だ。
彼女は、俺を見下すこともなく、平等に接してくれた。
そんな人に、迷惑がかかるのは避けたいが……。
しかし、思い返して見たら、彼女は、勇者だ。
魔族との戦いに勝利する鍵といってもいい彼女に、ペナルティを与えるほど、この国もバカではないはずだ。
つまり、俺が気にかける必要はない。故に導き出される答えは、1つだ。
「よし、朱夏。 こんな国とは、さっさとおさらばしよう!」
「え、ええ……。じゃあ、明日の朝、城門の前で待ち合わせね」
態度を急変させた俺に、面食らいながら約束を取り付け、朱夏は、王宮に戻って行く。
よし、虐げられる日々からの脱却だ!
そう心に決め、ベッドに横になる。疲れからだろう、2度目の眠りに落ちるまで、そう時間はかからなかった。