47 消えたヤエ
入浴中、慌てた様子で入ってきた朱夏たちから聞かされたのは、ヤエがいなくなったというものだった。
「いなくなったって、どういうことだ? 一緒にいたんじゃないのか?」
俺がそう言うと、未だ落ち着きを取り戻していない高宮が答えた。
「それが、ちょっと目を離した隙に……」
いなくなった……と。
それは妙な話だな。ヤエと出会ったこの数日、あいつは、俺たちの元から離れることを可能な限り避けていた。
だから、あいつの意思で、急にいなくなるなんてことは考えにくいのだが。
ヤエ自身の意思によるものじゃないとすると--
思案する俺の頭に、ある言葉が浮かんできた。
「ま、まさか誘拐されたんじゃ……」
朱夏も俺と同じ言葉がよぎったようで、顔が青ざめている。
「い、いや……まてまて。そう結論づけるのは早計だろ」
これだけでは誘拐と断定できない。……もしかしたら、そう思いたくないだけかもしれないが……。
「でもこの世界には、獣人を奴隷として扱う文化があるって聞いたことがあります。特に、容姿の優れていたり珍しい獣人を無理矢理攫って、愛玩奴隷として売る闇の組織もあるって……」
不安そうに言う高宮。
確かにそんなことを、召喚された初日の座学で聞いた気がする。
容姿の優れた……ヤエも、それに十分当てはまることは確かだ。
それに狐人族は、滅多に出会うことのできない激レアな獣人だとされているらしい。
仮に、目にすることはできても、狐人族の得意とする幻惑魔法で惑わされ、捕まえるのは至難の技だと。
もしや……。
……嫌な考えが、さっきよりも膨らんでいくのを感じた。
「確か、この町にもそんな組織があるって噂を聞いたわ」
「それは本当か?」
「あくまで噂だけど、貧民街のどこかにあるらしいわ。そこで獣人を売りさばいて、貴族や富豪から大金をせしめてるって」
「…………」
突如消えた狐人族であるヤエ、奴隷文化のある世界、奴隷売買組織の存在……こんな条件がいくつも揃ってしまっては、それを認めざるを得ない。
俺たちは、ヤエがその組織の人間に連れ去られたとみて、彼女を探すことにした。
しかし、
「探すって……どこを?」
「その組織のしっかりとした場所は分かりませんし……」
「あーそうだな……」
確かに、闇雲に探しても見つけられるもんじゃないだろうしな。
貧民街の連中や平民層の奴らが知っているとも思えないし、俺たちに貴族や富豪の知り合いなんて……。
「……あっ!? 1人だけ、場所が分かりそうな奴を思い出した!!」
「「ホント『ですか』!?」」
「ああ、急いで行こう!」
「ええ!」
「はい!」
俺たちは、その人物の住む家へと急いだ。
*
バリーーン!!!!
窓を豪快な音を立てて蹴破り、俺たちは屋敷の中に侵入した。
「ダイナミックお邪魔します!」
「ひ、ひいっ!? お、お前たちは!?」
お、いきなりお目当の人物はっけーん!
そのリアクションだと、俺たちのことは覚えているみたいだな。
その人物は、昼間、俺たちの揉め事を起こした、骨男ことユリスベルのことである。
そう、俺たちがお邪魔したのは、町一番の富豪・グラシアル家の屋敷、その中のユリスベルの寝室だ。
「い、いきなり窓を蹴破るなど無礼にもほどがあるぞ!? いや、そもそも見張りは何をしていたのだ!? ……お、おい! 賊だ、直ちにひっ捕らえて処刑しろ!!」
ユリスベルは腰を抜かして取り乱しながら、部屋の外に助けを求めた。しかし、いつまで経っても助けは来なかった。
「な、なぜだ……なぜ誰も来ないのだ? お、おい! 早く助けに来ないか!? ぼ、ぼくはグラシアル家の嫡男、ユリスベルだぞ!!」
ユリスベルは、痩せ細った身体全体を使って、必死に喚き続けた。
腰を抜かし、思うように身体を動かせないこよ男のそんな仕草は、骸骨が珍妙な踊りをしているかのようだ。
そんなユリスベルに、俺は一言。
「無駄だよ」
「な、なんだと……?」
俺は今、"認識阻害"というスキルを使っている。
このスキルは、使用者が設定した人や物、場所などの存在や行動を、他人が認識できなくするというものだ。
これのおかげで、ここにいるスキルの範囲外の者は、俺たちが侵入したことも窓を蹴破ったことも、そして、ユリスベルの助けを呼ぶ声も認識できないのだ。
「そ、そんな大層なスキルまで使って、ぼくに何の用だ!?」
助けを呼ぶことを諦めたユリスベルは、怯えながら聞く。
「ついさっき、私たちの仲間の狐人族がいなくなったんです」
「えっ、ま、まさかぼくがやったとでも!? バカなことを言うな! 昼間、あんな目にあったのに、そんなことするわけないだろ!!」
ユリスベルは高宮の話を耳にすると、聞いてもいないのに、自身の身の潔白を訴えた。
そんな風に落ち着きがないと、逆に疑われるぞ。
「別にあんたのことは、そこまで疑ってないわ」
「なに? ……なら、何の用だ?」
「コルの貧民街には、奴隷売買を行う場所があるという話なんだけど……お前なら、その存在を知ってるんじゃないか?」
町一番の富豪の息子であるお前なら……。
「……し、知らんな〜。い、一体なんのことやら……」
ユリスベルは、一瞬眉をひそめたあと、笑みを浮かべながらシラを切った。
なんというか……話すときに目を右上へ向けたりと、分かりやすい男だな。
もちろん、この男の話を「はい、そうですか」と受け入れて、帰るつもりはない。嘘をついているのは明らかだしな。
だが、緊張して話せないということもある。
まずは、リラックスさせてやらないとな。
「そっか〜、いや〜残念だな〜。あはははははは!」
「フ、フハハハハ……」
俺がリラックスさせようと笑うと、ユリスベルをつられて、ぎこちなく笑いだした。
うーん……まだちょっと固いな、仕方がない。
「高宮、ちょっとこいつの緊張をほぐしてやってくれないか?」
「はい、分かりました!」
俺が頼むと、待ってましたとばかりに、高宮は笑顔で答えた。
なにやら、期待と困惑が合わさったような表情のユリスベル。そんな彼に俺は寄り添い、説明を始めた。
「高宮のは凄いぞ? 何せ、彼女にかかれば、どんな悪党も緊張と一緒に骨までほぐれて、おもしろオブジェに大変身だ! 以前出会った人攫いの男たちも、絶叫をあげながら骨をほぐされて、腕やら足やらがいろんな方向に曲がったんだ!」
「………………」
ん、どうしたんだ? 急に青ざめて。
あ、そうか! 高宮のは、お気に召さなかったのか!
「なら、朱夏はどうだ? あいつの魔法でこんがり焼かれるのもオススメだぞ? それか、私の剣と魔法のフルコースにするか?」
「や、やめろ、やめてくれ!!」
ユリスベルは慌てて、俺の説明を止めた。
遠慮深いやつめ。
「なら、教えてくれるか?」
「あ、ああ……奴隷売買が行われている会場は、貧民街の『スヴァーサ』というバーの地下にある」
なるほど、やはりあったのか。
そうと分かれば、早速……。
「よし、急いでそこに行こう! あっ、骨男、案内よろしく!」
「はっ? ……ふざけるな! 場所を教えただけでも奴らに睨まれるのに、そこに行ってバレたら……」
「フルコースするか?」
「い、いや……案内させていただきます」
「そうか、よろしく頼むよ!」
こうして、ユリスベルに案内役を快く引き受けてもらったところで、俺たちは、件のバーへ向かったのだった。




