4 召喚から数日後 前編
「拝啓、お父様、お母様。私は今、異世界に来ています。
誘拐同然で連れてこられた異世界ですが、クラスメイトたちは、みんなチート能力を手に入れたことでその気になり、魔族討伐という目標に向けて日々鍛錬しています。
しかし、私は、能力の低さから、すぐに訓練士を務める兵士から戦力外通告を受け、今では、城内の雑用をこなす日々です。でも、私は元気です。
聖教国の兵士や重臣、交流のある貴族からは、《落ちこぼれ、名ばかり勇者、出来損ない勇者》といった扱いを受け、あまつさえクラスメイトたちからも白眼視されていますが、私は元気です。
さて、こうして貴方方に手紙を綴ったのは、ただの近況報告ではありません。
どうか、どうか私を元の世界に戻してください。何卒、お願いします!
不肖の息子、幸月望より」
いくら手紙に想いを綴っても、これが両親に届くことはない。
ホントに誰か助けてくれ……。
*
俺たちが異世界に召喚されてから、数週間が過ぎようとしていた。
訓練初日に戦力外通告を受けた俺は、王宮内の様々な雑用をこなし、それらの仕事にも慣れてきた。
特に、食堂の給仕係は、評判が良かったようで、コックやメイドからスカウトをされたりして、それなりに楽しく過ごすことができている。
だが、何にでも憂鬱な事はある。
俺にとってのそれは、訓練で使用した器材の後始末である。
単純に重労働というのもあるのだが、最も苦痛に感じるのは、それではない。
それは……、
「よぉ、出来損ないクン! 今日も雑用か? ご苦労だなぁ! ははっ!」
相手を見下したような、嘲りの声の主である野間口巧は、声と同じく、こちらを見下した笑みを浮かべている。
その横には、一場貴彦、那須野靖弘という日本にいた時から野間口とよく連んでいた、2人の男子が同じような表情で、こちらを見ていた。
そう、俺がこの時間が憂鬱な理由は、雑用ではなく、俺と同じく異世界に転移したクラスメイト、いや、元クラスメイトたちから絡まれることだ。
特に、この3人は、俺が訓練から外された時から、しつこく絡んでくる。恐らく今日もそうだろう。
日本にいた時は、3人とも弱い者を徹底的に虐げて悦に浸るような気質は無かったと思うのだが、この世界に来てから、随分と傲慢な態度を取るようになった(こいつらに限ったことではないが)。
「せっかくだ、ベルザ様から加護を受けた俺たちが稽古をつけてやるよ! オラァッ!」
そう言うと、野間口は俺の返事を待たず、殴りかかってくる。
俊敏性に優れた武闘家である野間口のパンチを避けきれず、俺は、腹にまともに食らってしまう。
「ガハッ!?」
ドフッ!! という鈍い音とともに、俺は強烈な痛みと吐き気に襲われ、腹を押さえその場に倒れ込む。口からは、ひゅー、ひゅーと息が漏れる。
「チッ、一発でダウンなんて情けねぇなぁ……。おい、起こせ!」
「ああ」
野間口の指示に戦士風の格好をした一場と魔法使い風の姿をした那須野が、俺の両脇を抱え、無理やり起こす。
そして、野間口が再び殴りかかろうとした時、
「ちょっと、何やってんの!?」
という声が響き、俺の悪友である朱夏が血相を変えて、駆け寄って来た。
朱夏は、俺を抱えていた2人を蹴り飛ばし、俺を庇うように前に出た。
「アタシに許可なく、好き勝手して良いと思ってるわけ!? 望をしばいて良いのはアタシだけよ!」
などと、訳のわからないことを言って、ぷりぷりと小さい身体全体を使って、怒りを表現していた。
お前にしばかれる謂れは無いぞ!?
たが、強いダメージで、まともに声の出せない俺は、反論することはできなかった。
「チッ! 上級職だからって調子に乗りやがって……」
野間口は、あからさまに不機嫌な表情になり、拳を構える。朱夏に蹴り飛ばされた2人もそろって戦闘態勢に入る。
上級職の朱夏、下級職ながらチート級の能力を持つ3人。それが激突すれば、お互いタダでは済まないはずだ。
……だが、それが実現することはなかった。