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39 翌朝

「ええ!? 陽奈にバレちゃったの!?」


高宮との悶着の翌朝、宿に併設された食堂に朱夏の驚く声が響き渡る。

その声に、別の客の視線が一斉に俺たちの席へと集中される。


「朝からそんな大声出すなよ……」


ただでさえ眠気が残る時間帯なのに、昨日の夜の件で、店主から騒ぐなと注意を受けたばかりなんだからな。


「ごめん……それで、大丈夫だったの?」


「ああ。危うく殺されかけたり、その恐怖でしばらく寝付けなくて寝不足気味なのを除いてな」


「全然大丈夫じゃないじゃない……それでもよく生きてられたわね。大好きな綾乃に別の人間の精神が入っているなんて、陽奈なら絶対許さないと思うけど」


朱夏は、少し不思議そうな表情を浮かべた。

それは俺も思った。おそらく、助かったのは奇跡だろう。


「あ、いたいた。綾乃さん、朱夏ちゃん」


そうこうしていると、高宮が俺たちのいる方へとやって来た。

それにしても呼び名は綾乃のままなんだな。昨日の夜は、幸月くんだったのに。


「もう、先に起きてたなら起こしてくれれば良かったのに……」


少し拗ねたように言う高宮。

別に他意があって起こさなかったわけじゃない。

あまりに熟睡していたので、起こすのが憚られただけだ。決して怖かったからしなかったのではない、断じて。

というか、昨日あんな事していたのに、よくここまで熟睡できたな。


「ごめん、ごめん。気持ち良さそうに寝てたからついね」


「そうなんですか。てっきり、昨日の事が原因で起こしてもらえなかったんじゃないかと思いましたよ〜」


「…………」


ポーカーフェイスだ、表情に出すな!

いや、話題を変える方が得策か?


「それよりも綾乃の正体が分かっちゃったんでしょ? ごめんね、今まで隠してて……」


朱夏が申し訳なさそうに頭を下げると、高宮は首を振った。


「全然気にしてませんよ。そりゃあ、最初は驚きましたけど……あっ、あと昨日の事は、本当に冗談ですからね?」


高宮が屈託のない笑顔を浮かべた顔をこちらに向けた。

本当かよ……。


「あっ、疑ってますね? 私が綾乃さんを傷つけることをするわけないじゃないですか!!」


それは暗に、俺単体なら傷つけられるというのを表しているのか?

昨日の夜決めた条件の中にビンタなんか入れてくるあたり、それは合っているのかもしれない。


「その綾乃に対する優しさの一割でもいいから、俺の方に還元してくれないか?」


「はい? もうしてるじゃないですか。私が優しくなかったら、元に戻った時は、ビンタでは済みませんよ?」


ほえ〜、ビンタは一割の優しさだったのか。それならあと二割くらい追加して、無罪放免にしてくれませんかねぇ。


「ビンタって……さすがにやりすぎじゃない? 望も進んで綾乃になった訳じゃないんだし……」


おおっ!? ここで朱夏さんの助け舟が!

やはり、この幼馴染は頼りになる。

俺が絶対的な信頼をおくパートナーは、ここぞという時に助けてくれる。これからしばらくは、綾乃様と呼ぼう。

高宮にも見習ってほしいものである。


「……ああ、朱夏ちゃんはまだ、幸月くんが綾乃さんにしたことを知りませんでしたね」


「望がしたこと……?」


高宮は、納得したように大げさに頷き、そんなことを言った。

それに対して、朱夏は首を傾げた。


なんだろう……そこはかとなく、嫌な予感がする。

いや、ただの杞憂だろう。ここは、コーヒーでも飲んで気分を落ち着けてと……。


「幸月くん、憑依してすぐの頃は毎日のように、鏡とかに映った綾乃さんの身体を舐め回すように見てたんですよ!」


「ブフッッッ!!!!!」


あまりの衝撃に、俺は飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。

な、なんてことを言いだすんだこいつは!


「……はぁ!? ちょっと望、どういうこと!?」


高宮のぶっちゃけに、朱夏は目をクワッと見開き、俺を問い詰めてきた。

(ち、違うんだ……誤解なんだ。)という弁明をしようとするが、コーヒーを吹き出し、むせている状態の俺の口からは、咳き込む音しか出てこない。


「他にも、お風呂場で別の女子の裸体を覗き見たり、自分で自分の身体のあんな所やこんな所を触ってみたり……許せません!」


自分で話しておいて怒り出す理不尽……しかも、こいつの怒りには私怨も混ざっているからタチが悪い。

そんなことよりも、早いとこ弁明しないとえらいことになる……。


「ふ〜ん……あんたそんな事してたんだ?」


絶対零度の視線とは、今の朱夏の目のようなのを言うんだろう。

ダメだ……もうここから盛り返すのは不可能……。


「あっ、あと、幸月くんが朱夏ちゃんと再開した時に、平然とお風呂に誘ったのは、もう女の子の裸を身過ぎて、抵抗が無くなっていたからなんですよ」


「………………」


もうやめて、お願い!!!!

朱夏の視線が、もう見ただけで人を射殺せるくらい凶悪なものになってるから!!!!


「し、朱夏! こ、これは仕方のない事で……み、見たのは男として……」


必死に弁解しようとしたが、朱夏はそれに耳を貸さず、高宮の方へと目をやり--


「ねえ、陽奈。さっきのビンタの件だけど」


「はい?」


なんで今その話に?


「それって、望が元に戻ったらするんでしょ? これだけの事やってんのに、ビンタなんて甘いわよ」


な、何を言い出すんだ突然。

そして、何で目を輝かして頷いてるんだ高宮!?


「そうですね! でも、それならどうしましょう?」


「そうねぇ……ぐーパンとか剣とか攻撃魔法とか……」


「良いですねぇ!」


良くないよ、ほぼ確実に死ぬじゃねぇか!!

そんなのをいっぺんにされたら、綾乃の身体でも無事で済むかどうか怪しいレベルだぞ……。


そんな、俺の悲痛な叫びも盛り上がる彼女たちには届かない。


どうしよう……もう魔族倒すのやめようかなぁ。倒しても大したメリット無いし、元に戻ることも無いし。

遂に、俺はそんなことを考えるようになっていた。


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