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38 覚悟は良いですか?

「幸月望くん……覚悟は良いですか?」


高宮は口角を吊り上げ、作ったような笑顔をしてそう言った。心なしかその目からは、ハイライトが消し去っているようにも見える。

そして、本当にどこから持ってきたのか、出所不明の斧を手にし、今にもそれを振り下ろさんばかりに構えている。


「ひぃっ……! ま、待ってくれ! 綾乃の中に俺が入っていたことは認めるし、隠していたことは謝る! でもこれは俺の意志じゃないんだ……これは、女神に無理矢理……」


さっきは死を悟ったが、斧でぶった切られるのを「はい、そうですか」と言えるほどではない。

必死に命乞いをするが、高宮の耳には届いていないのか、笑顔のまま斧を振りかぶった体勢を崩さない。


「お、おい……た、高宮……?」


「綾乃さんの身体の中に男がいるなんて……私が取り出して、綺麗にしてあげないと……フ、フフフフフフフ」


ああ、もうだめだ。

ここから俺が助かるビジョンが見えてこない。

高宮の言動に、俺は、今度こそ本当に自身の死を悟った。


ハイライトの消えた目をした高宮が、狂気の笑みを浮かべながら、斧を勢いよく振り下ろした。


俺は目を瞑り、予想される衝撃と痛みに、反射的に身を縮こませた。

刹那、斧が直撃した鈍い音が聞こえた……が、俺はなんの痛みも感じていなかった。


どうしたんだ? そう思い目を開けると、斧は俺の目の前に床に直撃したようで、木を抉り、突き刺さっていたのだ。


仮にも重戦士である高宮が、この距離で外すはずがない。

俺が怪訝そうに見つめると、高宮は、狂気の笑みからイタズラを成功させた子供のような笑顔に表情を変化させた。


「アハハ! ビックリしました? 私が本当にこんなことするはずないじゃないですか」


「……は?」


「確かに秘密を知った時は、本当に叩き斬ってやろうかと思いましたけど、女神様に無理矢理憑依させられたのは、私にも理解できましたから! それに今殺したら、綾乃さんまで一緒に死んじゃうでしょ?」


「ふ、ふざけんな……本気で死ぬかと思ったぞ……」


悪態を吐くが、身体全身が脱力して言葉にキレが出ない。

人は本気でビビった後、どれだけ怒っていてもそれをまともに表せないことが分かった。

もちろん後で報復はする。嘘だったとはいえ殺されかけたんだ、簡単には許さない。


……それはそれとして、一番許せないのはベルザだ。

奴のお粗末な考えのせいで、俺は死に、しかも綾乃に無理矢理憑依させられた。

それだけでもアレなのに、挙げ句の果てにその秘密をバラして、俺を死の危機に晒すとは……女神にあるまじき蛮行と言って良い。


今の俺の頭には、魔族よりも先に女神を倒した方が良いんじゃないか、という考えすら浮かんでいる状態だ。

仮に、教団で出会った残念サキュバスと女神ベルザ、そのどちらかを殺さなければならないという状況になったら、迷いなくベルザの方を殺すだろう。

それはもう念入りに、じーっくりとね。


「あの……幸月くん?」


黙り込む俺に対し、高宮が不安そうに呼んだ。俺が怒ったのかと心配になったんだろうか。


無論、怒っている。怒るに決まっている。

俺は、こんな事されて笑って許すような聖人君子ではないのだから。

ただ、高宮への怒りよりもベルザへの怒りが優っているだけのことだ。


「何……?」


「もしかして、怒りました?」


「だったらなんだよ」


「あ、いえ! 別にそれはどうでもいいんですけど……」


いいんかい!?

どうもこの高宮という女、常識がぶっ壊れている節がある。イタズラで斧を振り回すあたり、これを治すのは、現代医学には不可能だろう。


「幸月くんを綾乃さんから出すには、魔族を倒さないといけないんですよね?」


何も気にせず質問する高宮に、怒りの感情が薄まるのを感じながら、俺は肯定した。


「なら、続きは元に戻ってからですね!」


「……は?」


屈託のない笑顔でとんでもないことを言わなかったか、こいつ!?

続きってなんだよ!?


「アレ? もしかしてこれだけで終わるとでも? 不可抗力とはいえ、綾乃さんの身体に男がいるのを私が許すわけ無いじゃないですか!」


「いやいや、何でだよ!? 俺は何一つとして悪くねぇだろ!?」


俺に罪はない!


「ウフフ! 私、最初に全部見たって言ったじゃないですか! それには当然、あなたが綾乃さんになってすぐの頃のも含まれてるんですよ?」


アレ、何やら雲行きが怪しく……。


「お風呂の時に、鏡に映った裸体を舐め回すように見たり、色んなところを触ってみたり……」


幸月望、有罪(ギルティ)

アカン、これは言い逃れできん。


「す、すいません! ほんの出来心だったんです!」


土下座も辞さない。


「絶対に許しません! 私ですら綾乃さんの裸をじっくりと見たことないのに、なんて羨ま……じゃなくて、最低な事をしてるんですか!?」


おい、ただの私怨じゃねぇか。


「な、何ですかその目は!? もういいです! 戻ったら絶対にかち割ってやりますから!」


どこをでしょう? とは決して聞けない。

いや、それはこの際どうでもいい。高宮の目は本気だ……! 戻ったら殺されることは必至!


正論は通じないと思った俺は、そこから、反論することなく土下座連打を敢行した。

そして、二つの条件を呑むことで、死の危機を回避することに成功したのだ。


①元に戻った暁には、ビンタ1発程度は甘んじて受けること


②綾乃であることを他のクラスメイトに絶対にバレてはならない


条件はこの二つだ。

普通ならこんな条件を課せられる謂れは無いのだから、日米修好通商条約並みの不平等条約だが、致し方ない。

これで殺される心配はなくなったのだから、これで良いのだろう。


そんなこんなで俺は、女神の仕掛けた天罰を辛くも脱したのである。

それにしても……このやり取りでかなり騒いでいたはずだが、朱夏が目を覚ますことはなかったな。どんだけ図太いんだよ……。


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