22 アンビィ樹海、樵の家にて
「は〜、あったか〜い」
鬱蒼とした樹海に、ポツンと建つ小さな家。その中から、至福のひとときを噛み締めるかのような、甘い声が響く。
声の主である朱夏が、暖炉の前の椅子に腰掛け、顔を緩ませた。
暖炉1つに何を大袈裟な……と思ったが、気持ちは分かる。まさか、樹海の中で、こんな体験ができるなんて思いもしなかったからな。
「ガハハ! 気に入ってもらえて良かったぜ!」
豪快な笑い声を上げながら、ガタイの良い、髭面の大男がやって来た。手には、4人分のスープを乗せたトレイが握られている。
「いや〜、まさか夜遅くに、この"アンビィ樹海"で、こんな可愛い女の子たちに出会うなんてなぁ」
男は、スープをテーブルに乗せながら言った。
「私たちもこんな場所で、他の人に会えるなんて思わなかったです。それに、家に招いてくれた上に食事の用意まで……」
「ご迷惑でしたよね……」と、俺は、申し訳なさそうに言った。
この時に、キチンと女の子っぽい口調で話すことも忘れない。可愛く、愛想の良い少女に申し訳なさそうに「ご迷惑でしたよね……」と言われて、迷惑だ、と答える男はいない。……たぶん。
「気にするこたぁねぇや! こんなに可愛いんだ。迷惑に思うようなやつは、男にはいねぇよ!」
どうやら、俺の考えは正しかったようだ。
「さ、準備できたぞ。簡単な物で悪いが、これで我慢してくれや」
「いえいえ、そんな……。ありがとうございます」
俺たちは席に着き、スープを口に運んだ。
「……美味しい!」
「うん! とっても美味しいです!」
朱夏と高宮は、目を輝かせて称賛した。
確かに美味い。シンプルだが味はしっかりしていて、具によく味が染み込んでいる。そして、程良く温かい。
城で飯は済ませていたから、空腹感はあまりなかったが、城の上質な物にも劣らない出来だ。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は、エリックだ。ここで、樵をやってる」
食事中、エリックが自己紹介を始めたので、俺たちをする流れになった。
俺たちの名前を聞いたエリックが「随分と変わった名前だな」と少し驚いていた。
そりゃ、この世界じゃそうでしょうね。
「それにしても……お前さんたちは、なんであんな所にいたんだ? ここはよく迷うし、魔物も出る危険な場所だぞ?」
……なんて言えば良いのだろう。
「いきなり現れた魔族の魔法で飛ばされました」なんて言っても信じてもらえないだろうしなぁ。
答えに困っていると、エリックは、何かを察したように悲しげな表情をした。
「いや、無理に言う必要はねぇよ。でも、せっかく授かった命を粗末にするもんじゃねぇぞ」
なんか変な勘違いをしているみたいだけど、そっちの方が都合が良いか。無理に訂正するのは、やめとこう。
というか、異世界でも自殺志願者は、樹海に集まるのか。いらない異世界の知識が増えた。
その後は、食べながらのとりとめのない会話が続いた。
それがひと段落した頃には、スープを入れていた皿は、空になっていた。
「「「ご馳走様でした」」」
「お粗末様だ。口にあって良かったぜ」
エリックは、髭面の顔を破顔させた。
*
夕食後、一息ついている時に、ふと、疑問に思ったことをエリックに尋ねてみた。
「エリックさんて、ずっと1人でここに住んでるんですか?」
「ああ、そうだ」
「危なくないですか?」
「確かに、それは思ったわ」
朱夏が同意したように頷く。
しかし、エリックは、あっけらかんと--
「危なくねぇ仕事なんてねぇだろ?」
と言った。
まあ、確かにその通りだな。
「まあ、迷いやすいし魔物も出るが、慣れたらどっちも平気だ。魔物が出ると言っても、本当にヤバいやつは、樹海の奥の奥にしかいねぇからな。それに、ここの木は質がかなり良いんだ。売れば結構高い金になる。リターンも大きい」
そう言って、エリックは、ガハハと豪快に笑った。
「ああ、なるほど」
そういう理由で、エリックはここで1人暮らしているのか。
「そういえば、このアンビィ樹海って、どの辺りにあるんですか?」
俺が納得していると、今度は高宮が口を開いた。
「ここにいるのに、それを知らないのか? ……まあ、なんなことどうでもいいか。今地図を用意してやるから待ってろ」
そう言うとエリックは、地図を持ってきてくれた。
「アンビィ樹海は、ここ。ディスター大陸の辺境にある」
そう言ってエリックは、地図にある3つの大陸のうちの右側の大陸、その端の方を指した。
因みに、左側の大陸はヴィルティア大陸といって、聖教国ヴィルムなどの多くの人々が暮らす都市が多くあり、文明が発展している場所だ。
そして、数百年前にヴィルティア大陸から人々が移り住んだのが、このディスター大陸だ。この大陸にも、ヴィルムのように発展した都市は存在するが、まだ未開の地も存在すると言われていて、比較的人類の歴史は浅い。
で、俺たちがいるのは、そのディスター大陸の端の方のようだ。
ヴィルムからかなり離れた所に飛ばされたもんだな……と人ごとのように感心してしまった。
中央に位置する大陸には、主に魔族が生息しているが、詳しいことは知らないため省略。
まあ、何にせよ、ここがどこかを知れただけでもかなり大きいな。
あとは、ここから一番近い町の場所を確認したい。ずっとここにいるわけにもいかないし。
「ここから一番近い町は、どこですか?」
「そうだな……樹海から出て、歩いて数時間の場所にサトスという小さな町があるな。道中の草原地帯には凶暴な魔物も少ないから、安全だと思うぞ?」
「そうですか。じゃあ、取り敢えずそこに行こうかな」
俺はそう思い、朱夏と高宮を見る。2人も特に異論はないようだ。
よし、決まりだな! 行き先は、サトスだ。
「それなら、明日の朝に主発すると良い。俺が樹海の外まで案内してやるよ。今日は泊まっていきな」
「本当ですか? ありがとうございます!」
俺たちは、エリックの言葉に甘えて、ここに泊まることにした。
そして、朝、エリックに樹海の出口まで案内してもらい、サトスへと出発した。
エリックの言う通り、道中で危険な魔物と遭遇するとこはなかった。
俺たちは、無事に草原地帯を抜け、2時間程度で、サトスに到着することができた。
本当に神様、仏様、エリック様だな。
ベルザみたいな悪徳女神よりも神様として信仰できるぞ。




