21 なぜ樹海に!?
俺、幸月望は、不幸にも命を落としてしまった。
そして、死後に出会った女神? によって、クラス一の美少女であり、勇者でもある神代綾乃の身体に、無理矢理、憑依させられることになってしまった。
綾乃になってからも俺の不幸体質は変わらなかったらしい。
発狂した幼馴染の朱夏に、殺されかけたり、風呂桶を投げつけられたりで散々だ。
俺には、ほとんど原因が無いのに、だ。
朱夏が発狂したのは、俺があいつの黒歴史をぶちまけたからだが、それは、綾乃の外見になった俺が、望であることを証明するために仕方なくやったことだ。
風呂桶の件についても、そうだ。今は、俺も女なんだから問題ないという主張も、問答無用で却下されて、あの仕打ちだ。
ほら、俺に非がないことが分かるだろ?
その後、城の庭園で、綾乃大好き娘の高宮陽奈が、俺と朱夏の間に入ってきて、なぜか修羅場に発展しまった。
凄まじい修羅場に俺が現実逃避をしていると、突然、魔族の男が現れた。
クラスメイトの中に綾乃を憎む人物がいて、そいつと契約したため、綾乃(正確には、綾乃に憑依した俺だが)を抹殺しにきたという。
この男、契約内容やどうやって城に侵入したかを、聞いてもいないのに話し出したりと、随分、間が抜けている。
そんな感じだったので油断していたが、それが良くなかった。
俺たちは、男が無詠唱で発動したテレポートの光になす術なく飲み込まれてしまったのだ。
……こんな風に、これまでの出来事を振り返るのも何回目だろうか。
どうでもいいか。振り返ったところで、現在、俺たちが置かれている状況を、理解する助けには、ならないのだから。
俺は死んだ目をして、隣にいる朱夏に尋ねた。
「……ここ……どこ?」
「……さあ?」
朱夏の生返事を聞くのも、これで何回目だろうか。
今度は、反対側にいる高宮に同じことを聞いてみた。
「……ここ……どこ?」
「……さあ?」
おっと、一語一句どころか間まで一緒だ。
俺は質問を諦め、前方に目を向けた。
目前には……というより、辺りには、見渡す限りの木、木、木、木。
それらが所狭しと乱立する様は、まるで、ここに訪れた人々を迷わせようという意思が働いているかのようだ。
こういう所は、何と言うのが正解なのか。
林、森、密林……いや、これは、樹海と呼ぶのが一番合ってるか。
俺たちは、あの魔族の男によってこの樹海に飛ばされてしまったようだ。
……さて、本当にどうしようか。
今の俺たちは、見知らぬ樹海の中に放り出されている状態だ。
もちろん、出口への道など知らないし、それの手がかりになるものなどない。唯一、方向を確認する手段である空も、覆い隠すように生える木々に阻まれ、見ることは叶わない。
ただ1つ分かるのは、今が夜であるということだけだ。
俺の頭に「遭難」という2文字が浮かび上がった。
冗談じゃないぞ!
ただでさえ、よく分からない異世界という場所だ。さらに知らない所で遭難してしまうなんて……それは、ほとんど死んだも同然じゃないか!
俺は、樹海で誰にも発見されることなく、衰弱死する絵を思い浮かべてしまうが、急いで頭を交互に振り、不吉な想像を追い出した。
「ねぇ、これからどうするの?」
朱夏が不安そうに尋ねてきた。
どうするか? そんなもん俺が知るわけないだろ。
俺が答えあぐねていると、高宮が口を開いた。
「取り敢えず、迂闊に動くことだけはやめましょう。特に、今は夜ですし。仮に行動するにしても、日が昇ってからにするべきです」
確かにな。視界の悪い状態で、下手に動いて、結局迷い、エネルギーだけ無駄に消費するのは、何としてでも避けたい。
俺と朱夏は、高宮の意見に賛成し、今夜は、ここにとどまることにした。
「「「…………」」」
長い沈黙。話すことがないのだから当然だが、何もせずに無言でいると、時間の経過が遅く感じられる。
睡眠をとって、体力を回復するべきなんだろうが、どうにも眠れない。
見知らぬ場所。何が起こるか分からない恐怖。無事にここから出られるかという不安。そういったものが、混ざり合い頭の中を支配しているのが原因かもしれない。
どれくらい時間が経っただろうか。
ずっと起きている状態の俺たちだったが、さすがに疲れが出たのだろうか。徐々にウトウトし始めていた。
そんな時、少し離れた所から、パキッという枝が折れる、小さな音がした。
夢に沈みかけていた意識が、一気に引き戻される。
「な、何の音……?」
朱夏が怯えたように囁き、辺りを見回した。
俺と高宮も辺りを見回し、音の正体を探った。
耳をよく澄ますと、足音のような、何かを踏みしめる音が訊こえる。
さっきのは、誰かが枝を踏んだ時の音だったのか……?
でも、こんな時間に、こんな所で誰が何をしているんだ?
静寂に包まれた樹海に、何者かの足音が小さく響き続ける。
俺たちが警戒心を強めたその時、ふと、足音が訊こえなくなった。
……足音が止んだ?
俺がそう思ったのも、つかの間。再び、足音が聞こえ始めたのだ。
しかも、こちらに近づいているのか、音が徐々に大きくなっていく。
「……っ!? ち、近づいてきます!」
高宮が涙目になりながら、小声で、こっちに訴えてくる。
高宮は、おそらく、この場で一番頼りになる綾乃に助けを求めているのだろう。だが、残念ながら、中身は俺だ。ご期待に添えることはできない。
現に俺は、声を出せないほどビビり倒しているのだから。
そうしている間にも、足音は大きくなる。さっきは気づかなかったが、それが近づくと共に、小さな光も現れた。
あれは……ランプの光?
だとしたら、足音の主は、人間ということか。なら、安全か。
いや、夜、こんな所に出歩いている奴が普通の人間とは思えない。
山賊とか、山賊とか、山賊とか。
ダメだ! 全然安心できん!
他にもあるだろうが、恐怖で頭がまともに機能せず、そうとしか考えられなくなってしまった。
足音は、すぐそこまで近づいてきていた。
身体が恐怖で支配され、上手く動くことができない。
俺の側では、朱夏と高宮も揃って震えているのが確認できる。
何か……何かないか……!?
辺りを見渡すが、この状況を打開できるような物は見つからない。
くそっ……どうすれば……。
そんなことを考えているその時、不意に、俺たちを光が照らした。
突然、光を当てられ、俺は、たまらず目を逸らしたが、すぐ、光の元に目を向ける。
ランプの光の奥には、黒い人影のようなものが見えた。
ハッキリと確認できたわけではないが、それは、確かに人影だった。
それを目にした俺は、声が喉に引っかかり、叫ぶことすらできずにいたが、横の2人は違った。
「「きゃああああああああ!!!!!!」」
おそらく、2人も人影を見てしまったのだろう。絹を裂くような悲鳴を上げ、俺の腕にしがみつく2人。
嗚呼……終わったな。
脳内では、俺たち3人が山賊に襲われるイメージが再生される。
……だが、そうはならなかった。
「うわあっ!?!?」
2人が悲鳴を上げた直後、野太い声とともに、人影が尻餅をついたのだ。
それと一緒に落ちたランプがその人影を照らす。
そこには、ガタイの良い男が怯えたようにこちらを見ていた。
「「「うわああああああああ!!!」」」
それに、また驚いた俺たちは、今度は3人揃って情けない悲鳴を上げたのだった。




