20 黒幕/クラスメイトside
望たちが魔法によって飛ばされてから数時間後、ヴィルム近辺の林に2つの人影があった。
1人目は、先ほど望たちを強制転移した魔族の男。
もう1人は、正体を隠すためか厚手のローブを身に纏い、フードを深く被っている。
その人物は、辺りを少し警戒するそぶりを見せ、誰もいないことを確認すると口を開いた。
「それで、契約通り勇者を片付けてくれたんだろうね?」
「ええ、それはもちろん」
その人物の質問に、魔族の男はにこやかに答えた。
「そう。なら良かった。わざわざリスクを冒してまで君を城の中に侵入させた甲斐があったよ」
自身の目的が達成されたことを確認したフードの人物は、口元を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべた。
「できれば、金輪際こういったことはしたくありませんがね。我々と真っ向から対立する人類の中枢部とも言えるこの国で、行動するのはいささかリスクが高いもので」
魔族の男は、そう言いながら肩を竦めた。
「それにしても、そんなリスクを負ってまであの勇者の少女を排除したいと思った理由はなんです? 話によると、貴方たちはこの世界に連れてこられた、いわば同胞でしょう。それに、仮に失敗して、このことが露見したら貴方もただでは済まないと思いますが」
男のそんな質問に、フードの人物は、不気味な笑みを止め、顔を醜く歪ませた。
「理由? 何もかも持ってるあいつが邪魔だった。それだけだよ。日本にいた時から、いつもあいつを中心に輪ができていてウザかったんだ。でも、まだ我慢できた。だけど、こっちに召喚されてからもそれは変わらなかった! 」
徐々にヒートアップしてきたのか、フードの人物の声量が少し上がる。
「勇者に適合しただけで、あいつは国から救世主みたいに扱われて。こっちは、そのオマケ程度の扱い……不公平だとは思わないかい? だから! あいつという存在を消したかったんだよ! ……そして、それは実現した。これでもう、神代綾乃という存在は消え去った!!! ヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
劣等感、嫉妬、恐れ、憎悪、殺意。それらの悪感情に支配されたこの人物は、綾乃を排除することを望み、敵であるはずの魔族に、それを委ねた。
そして、悲願が達成されたことに狂ったような笑い声を上げ、歓喜している。
魔族の男は、狂笑し続けている自身の契約者に呆れ半分、軽蔑半分の視線を送っていた。
「ワタシには、同族をそこまで憎める貴方の心は、到底理解できませんね」
男の言葉は、狂喜するフードの人物には届かなかった。
ともあれ、人類に、それも召喚組に裏切り者が現れた。そして、その事実を知る者は、聖教国ヴィルムには、それどころか、ほとんどの人類は知る由もない。
そして、勇者を排除したと喜ぶフードの人物もまた知らない。死んだものだと確信している勇者は、実は、死んでなどいないことを。
ほとんどの者が真実を知らない中、ヴィルム郊外の林では、およそ人のものとは思えない狂人の笑い声が響き続けていた。
*
それから数日後、聖教国ヴィルムは大混乱に陥っていた。不測の事態に、国の重役たちや召喚組、果ては、城に仕える者たちも慌てふためいている状態である。
その混乱の原因は、数日前に数人の少女が姿を消したことである。なんの前触れもなく、本当に突然に……だ。
単なる少女の失踪事件なら、本来、国家単位で混乱を招くようなことにはならなかっただろう。
だが、今回の件は、そうはならなかった。なぜなら、失踪した少女の中に、"勇者・神代綾乃"がいたからだ。
勇者とは、魔族との戦いにおいて、人類を勝利に導く鍵となる存在だ。それが忽然と姿を消してしまったのだから、平然としていられるわけもない。
すでに、王であるマルムは、捜索隊を組織し、この国の周辺地域の捜索に当たらせているが、綾乃の姿どころか、まともな手がかりすら発見できないでいた。
そして、それがまた混乱を生むという悪循環に陥っているのだ。
*
そんな状況の聖教国ヴィルム、城内のサロン。
ここは元々、客人をもてなすための場所だったが、現在は、日本からの召喚組が主に利用している。
広々としており、白を基調とした高級感と清潔感溢れる場所だが、現在は、それを打ち消すほど、重苦しい空気が場に蔓延していた。
「「「…………」」」
誰もが暗い顔をして、口を開こうとする者はいない。
しかし、こうなるのはこれが初めてではなかった。
この世界の救う勇者の一行として、無理矢理連れてこられた形ではあったが、城の者たちに持ち上げられ、徐々にその気になっていった。
多くの者は「俺たちは強い」「私たちが人類を守ってやってる」と考え、意気込んでいた。
しかし、級友の1人が命を落としたという一報を耳にした時、彼らの考えは、音を立てて崩れていった。
そして、自覚した。
「自分たちは、ただ能力が高いだけで普通に死ぬ」ということを。
そして、「命を懸けて、魔族との戦いに身を置く覚悟など持ち合わせていない」ということも。
だが、彼らは、同時期に意識を失った勇者である綾乃に、意識を向けることで、級友の死から目を逸らそうとしたのだ。
綾乃の容態を心配している間は、少なくともそのことを考えずに済んだ。
あるいは、「あいつは弱かったから死んだのだ」と理由付けすることで、死んだ級友と自身を差別化する者もいた。
そうやって、級友の死という現実からは、逃れることができた彼らだったが、その後すぐに、今回の件が起きてしまった。
自分たちの中心にいた綾乃という存在の消失は、彼らの心に大きな闇を落とすには、十分な出来事であり、心が折れてしまった者も大勢いた。
「「「…………」」」
そうやって創り出されたこの空気。
永遠に続くかと思われたこの沈黙は、ある人物の声で破られることになった。
「……行こう」
静寂に包まれる室内に、小さな声が響いた。
皆が一斉に、その声の主に注目する。
「……探しに行こう、綾乃を……綾乃たちを!」
注目の的となった声の主--榊煌成は、声を張り上げた。その瞳には、暗い感情は無く、明確な決意が秘められていた。




