19 魔族襲来
「修羅場」、本来は、(しゅらじょう)と読む。それは、インド神話において、阿修羅と帝釈天が争った場所のことを指すのである。
近年の日本では、男女間の痴情のもつれを意味することが多い。
だが、この単語が指す意味の範囲は、はたして男女間のみだろうか? 同性間は範囲外だろうか?
しかし、今はこの範囲について議論したいわけではないのでこの話はここで終わりにしよう。
もし、もし仮に、女同士のそれも当てはまるのであれば--
今のこの状況は……まさしく修羅場だ。
聖教国ヴィルム、その城の庭園。そこでは、俺のすぐ側で、2人の少女が言い争いを続けていた。
「今、アタシたち2人で話してたんだから、邪魔すんじゃないわよ!」
「……邪魔?」
高宮は、スッと目を細め、朱夏を強く睨みつけた。
しかし、すぐに表情を戻し--
「なに勘違いしてるの? まさか、綾乃さんと友達になったつもり? アハハ、そんな訳ないのに」
笑いながらそんなことを言った。
こ、怖い……。なにが怖いって、心から笑って見えるのに、目が全然笑ってないことだ。
「綾乃さんは優しいから、鈴本さんが放って置けなかっただけだよ? それなのに勘違いして、こんな時間に、しかも外に連れ出すなんてなに考えてるの?」
「な、なんですって!?」
まずい、これ以上は、収集がつかなくなる。
この修羅場は、もしかしなくても俺が原因だ。俺が止めなくては……。
「ふ、2人とも落ち着い……」
「「綾乃『さん』は黙ってて!!!」」
「はい……すみません……」
ステレオで怒鳴られた俺は、すごすごと引き下がることしかできなかった。
仕方ないだろ! 2人ともめちゃくちゃ怖いんだから!
2人ともなんか殺気立ってるし、下手に介入したら、本気で殺されそうなんだよ!
あと、朱夏さん。思ったより冷静ですね。
かなり怒っているはずなのに、高宮の前だからか「望」とは呼ばなかった。
意識してやってても無意識でも、どっちだったとしても凄いです、はい。
俺が死んだ目をして、現実逃避している間も2人の言い争いは、終わる気配を見せず、取っ組み合いの喧嘩にまで発展しそうである。
さすがにこれ以上はまずい。もう、この2人が怖いとか言っている場合じゃない。
人が少なくなる時間帯といっても、ここは城の敷地内だ。騒ぎを聞きつけた兵士なんかにこれを見られて、なんて説明すれば良いのかも分からんし。
そう思った俺は、もう一度、2人を仲裁しようと口を開いた。
「2人とも、もういい加減に……!?」
言い終わる前に、この世界に来て三度目の"あの視線"を感じたのである。
あの悪感情を凝縮したようなそれは、今までで最も強いものであった。なにか、こう……明確な殺意を持っているような……そんな感じだ。
これは、ヤバイんじゃないか?
そう思った俺は、焦って綾乃を演じることも忘れ、2人に声をかけた。
「おい、今すぐ喧嘩をやめろ!」
「もう! なんなのよ!?」
「……!? 危ない!!」
何かの影がよぎった気がしてハッと空を見上げた。そこには、あの日、俺の命を奪った魔弾が飛来していた。
未だそれに気づいていない2人を抱きかかえ、押し倒すように倒れこむ。
彼女たちの口から、「きゃっ……」と言う声が漏れ、それと同時に背後から轟音。
それとともに発生した爆風が辺りを吹き付ける。
風が止み、辺りに静けさが戻ったのを見て、俺は起き上がり、2人の無事を確認した。
「……2人とも無事か!?」
「…….え、ええ。なんとかね……」
「そ、それよりも……綾乃さんは大丈夫ですか!?」
高宮にそう言われ、自身の体を確認してみる。
……どこも怪我をしていない。さすが本物の勇者の身体だな。元の俺なら、今のは命中して、またベルザのところに行く羽目になっていただろう。
「……大丈夫そうね。それより、一体何が起こったの!? さっきの魔法って、あの時の……」
朱夏が言い終わる前に、パチパチという拍手の音とともに、低い男の声がした。
「素晴らしいですね、さすがは勇者様。一度ならず二度までも失敗するとは思いませんでしたよ」
声がしたのは、普通聞こえるはずのない場所--上空だった。
見上げると、そこには、ダークな色の服に身を包んだ男の姿が。
その外見は、尖った耳にコウモリを連想させる黒い翼を持ち、まるで血が通っていないかのような不気味な白い肌をしている。
その姿はまるで、ゲームに出てくる魔族がそもまま現れたかのようであった。
一度ならず二度までも? ということは……。
「じゃあ、あの時の魔弾もお前の仕業か!?」
「あの時? ……ああ、その通りです。あの時も貴女と一緒にいた男に邪魔されて失敗に終わりましたね。本当に、余計なことをしてくれたものです」
魔族の男は、やれやれと首を横に振った。
そうか、俺を殺したのはこいつか。
一瞬、俺の中にふつふつとある感情が湧き上がったが、すぐに消えてしまった。
それは、隣にいる朱夏がとてつもない殺意を秘めた視線を男に向けていて、こっちまでビビったとか、そういうことではない。断じてない。
冷静になったと同時に、多くの疑問が生じた。
なぜこいつは綾乃を狙う? 勇者だからか? それだけで、城の中に入り込んでまで攻撃するようなハイリスクなことをするのか? そもそも、こいつはどうやってここに来れた? 城には、退魔の結界が張り巡らされているはずだが……。
心を読んだのか、男は、それらの疑問に対して、聞いてもいないのに語り出した。
「貴女を狙うのは、勇者だからではなく、単純に貴女の排除を依頼されたからですよ。契約としてね」
「依頼?」
「そうです。貴女のことが憎くて憎くてしょうがない方からね。城の結界もその方が破りました。もちろん、全てではないですが」
綾乃を憎む人物なんていたのか……。とても想像できないけど。
「誰が綾乃さんを排除しようなんて大それたことを……!?」
高宮が信じられないといった顔をして、魔族に言った。
「フフフ、それは言えません。我々魔族は、契約者の名を明かすことは許されないのです」
……なら、そんな人物がいること自体言わない方が良いんじゃないか?
わざとなのか天然なのか判断に困るな。
それにしてもこの魔族、ペラペラと契約内容まで話すなんて……もしかして口が軽いのか?
そう思った俺は、別のことも聞いてみることにした。
「わざわざ城の中で行動を起こした理由は? あれだけでかい音立てて攻撃したら、城のやつにバレるだろ。それに、失敗した後に姿を現わす必要もなかったんじゃ……」
「……………………」
ん? なんだこの間?
「そ、それは……ひ、人払いの魔法を使っているから、も、問題はありません。姿を現した理由は……えー……」
それっきり魔族は、黙りこくってしまった。
こいつと契約したやつ、ドンマイ。俺は、心の中で名も知らない魔族との契約者に同情した。
「な、なんですかその目は!? もしや、ワタシをバカだと思ってますね!?」
ええ、それはもちろん。
というか、今の流れで、そう思わないやついないだろ。
気づけば、隣で殺意の視線を送っていた朱夏も狼狽えていた高宮も男に対して、バカにしたような表情を浮かべている。
「まあ、構いませんが。貴女たちを排除する手はずは、すでに整っていますので」
男がそう言うと同時に、俺たちの足元に巨大な魔法陣が現れた。
突然のことに戸惑い、俺たちは動くことができない。
あいつ、詠唱なんてしてないだろ!? どうやって魔法を使ったんだ!?
「ハハハ! そうやって驚き戸惑いながら、世界の最果てまで飛んで行きなさい!」
高笑いしながらそう言うと男は、指をパチンッと鳴らした。
それを合図に魔法陣から巨大な光が発生した。俺たちは抵抗することもできずに、それに飲み込まれたのだった。




