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18 修羅場

「はーはー……朱夏、もう良いだろ?」


「ふーふー……」


ようやく落ち着きを取り戻した朱夏に、俺は、息を切らしながら言う。

この数時間、心中を図ろうとした朱夏から逃げ回り、説得し続けたせいで、もうヘトヘトだ。

俺と同じく、肩で息をする朱夏は、何も言わずに未だ敵意を持った目を向けている。


「まだ納得してないのかよ!? ……しょうがない。なら、取って置きの黒歴史を暴露してや……」


「わ、分かったわよ!! 信じてあげるから、もう黙って!!」


おお! ようやく分かってくれたか!?

やっぱ、俺以外が知らなそうな秘密の暴露は、朱夏の言う証拠にぴったしだったな。


「……でも、なんで綾乃になっちゃったの? 摩訶不思議な異世界だけど、それはちょっと許容範囲超えてるわよ?」


こいつの許容範囲の基準が分かりそうで分からない。どうでもいいけど。

俺は、前に言った、ベルザに会った話をより詳細に朱夏に説明した。特に、ベルザに関しては、やつの悪質性を誇張して伝えてやった。


「……ふーん。じゃあ、あんたが今そういう状態なのは、全部ベルザのせいってわけ?」


「ああ、そうだ。全部ベルザのやったことだ」


嘘は言っていない。少なくとも俺の魂が綾乃に憑依してしまったのは、間違いなくやつのせいだからな。


「本当に……本当に望なのよね……?」


しばし沈黙が流れ、朱夏は不安そうに尋ねてきた。

何を今更。俺じゃなかったら、お前の痛い過去を知ってるわけがないだろ。


「ああ、さっきからそう言ってるだろ? だいたい、俺じゃなかったら…………うおっ!?」


俺が言い終わる前に、朱夏は、俺の懐に飛び込んできた。

なんだ!? ま、まさか……こいつ、まだ俺のことを殺すつもりなんじゃ……。

そんな心配をしたが、どうやらそれは違うようだ。


懐から、「ヒック……ヒック……」という朱夏の啜り泣く声が聞こえる。


「お、おい。泣いてんのか?」


「……う、うるさい、黙って! ……シュン」


俺は、朱夏が泣き止むまで身体を貸し、背中をさすってやった。

その時に聞いた、嗚咽交じりの朱夏の話によると、俺が死んでからずっと後悔の念に苛まれ続けていたようだ。

それは、俺を安易に脱走計画に誘ってしまったことや、俺の命と引き換えに自分が助かってしまったことだという。


だが、それは、朱夏が責任を感じることではない。

脱走計画も俺のことを心配してくれた末の提案だったし、朱夏を庇ったのも、言ってしまえば、俺が勝手にやったことだ。

寧ろ、そのことが原因で朱夏を傷つけてしまったのなら、謝らなければいけないのは、俺の方だ。


そのことを伝えると、朱夏はまた泣き出してしまった。

これは、落ち着くまでにはもう少しかかるかな。

そう思いながら、もう1度、背中をさすってやると、今度は、俺が死んだ後のクラスの奴らの反応を事細かに説明しだした。


グフッ!? 思わぬところでダメージが……。 クラスメイトが死んだのに、そんな感じだったのかよ!? 俺、そんなに嫌われるようなことしてないと思うんだけど。

まあいい。全部ベルザってやつの仕業なんだ、そういうことにしておこう。

じゃないと、涙が出てきそうだ。


俺と朱夏は、お互いに涙を流し、お互いに慰め合うといいう、よく分からない状況を展開することになってしまったのだった。



お互いを慰め合って、ようやく落ち着きを取り戻した俺たち。

しかし、冷静になると少し気になることが出てきた。


「おい朱夏。お前、ちゃんと風呂入ってるのか?」


「…………え?」


「いやな、お前ずっと部屋に引きこもってたんだろ? 風呂入ってんのかなと思ってさ。髪もボサボサだし、それに、ちょっと臭……『死ね!』 グボァ!?」


言い終わる前に、朱夏の右ストレートが俺の顔に直撃した。


「ほんっとに、最低!!! デリカシーないわけ!?」


朱夏は、プリプリと文句を言いながら、風呂に行く準備を始めた。結構気にしたみたいだ。

……俺も言うかどうか迷ったんだよ?

でも、指摘しないのも失礼かと思って言ったのにこの仕打ち。

あっ、でも、すぐ起き上がれる程度のダメージか。

綾乃の身体で良かった。前のままだったら、確実に即死だったからな。



俺は、今、入浴中の朱夏を外の廊下でずっと待っている。

俺も朱夏との命のやりとりで汗をかいたから、ついでに、一緒に入ろうと思ったのだが、思い切り風呂桶を投げつけられた。

なんて乱暴な。


今の俺は女なんだから、一緒に入っても何の問題もないという、俺の心からの主張も全く受け入れてもらえなかった。

別に幼児体型のお前の身体に欲情なんかしないし、綾乃の身体も数日の生活でもう見慣れてしまったから、特に何もするつもりはないんだけどな。


結局、別々に入浴するという何とも残念な結果になってしまったお風呂イベント。まあ、風呂が混み合う前で、貸切状態だったから良しとするか。


風呂から出て、夕飯を終えた後、俺と朱夏は、城の近くにある庭園に2人きりで行くことにした。

部屋では、話しきれなかったこともあったし、飯の時は、昼間の弁解をしに来た榊やそれを阻止しようとする高宮たち女子グループに囲まれて、話す機会すらなかったからな。


陽が落ちてから、時間の経った夜の庭園。といっても、城からは少し距離があるが、光が洩れ出し、辺りを照らしているため、そこまで暗さは感じない。

昼間でも喧騒とは程遠く閑静な場所だが、夜、特に多くの人が入浴しているであろうこの時間帯は、まるで静寂が聞こえるかの如くだ。たまに吹く風に煽られた、植物の「サー……」という環境音程度しか聞こえない。


「……ねえ、望」


「どうした?」


暫く間を置いてから、朱夏が口を開いた。

どうでもいいけど、その呼ばれ方はちょっと違和感があるな。綾乃になってからは、当たり前だけど望とは呼ばれなかったし。


「さっき訊きそびれたんだけど、あんたは、どうやったら元に戻れるの?」


「元に戻れる」とは、綾乃に憑依した状態から元の身体に戻れるかということか?

確か--


「魔族との戦いに勝ったら戻してくれるらしいぞ。どうやって戻すのかは分からんけど」


「それを言ったのはベルザ? 信用できるの?」


「いいや、全く出来ないな」


即答。当然だ。

信用などできるはずもない。


奴のことだから、あれこれ理由をつけて元に戻すのを拒否しそうなんだよな。

もしそうなったらどうしよう。力尽くで実行させるかな。

でもそうなったら、あいつと戦わなきゃいけないよな。神との戦闘か……うわ〜、面倒臭そうだな〜。


「即答って……ベルザってどんな奴なのよ……」


「会えば分かる」


朱夏が呆れたように言ったとに対して、俺はまた即答した。

いや本当に、実際会えば奴が如何に信用できないか分かると思うよ?

奴の存在自体が胡散臭さの塊みたいなもんだし。


「でもまあ、やるしかないんだけどな。他に方法があるわけでもないし。それに、極小の確率で、ベルザが元に戻してくれる可能性もある」


「そう。なら、早いとこ魔族を倒さないとね! ……じゃないと、あんたを元に戻せないしね……」


意気込む朱夏であったが、なぜか声が徐々に尻窄みになっていき、最後の方はよく聞き取れなかった。

俺がそのことについて尋ねようとした時、背後から声が響いた。


「綾乃さ〜ん。探しましたよ〜!」


聞き覚えのある声。なんだろう、昼間にもあったぞこの展開。

声のした方を振り返ると、やはり、小柄なツインテールの少女、高宮がこっちに向かってきていた。


なぜ高宮がここに!? 皆が風呂に入っていて、誰とも遭遇しないだろうと思ってこの時間を選んだのに……。


「もう! 探したんですからね! さ、もう戻りましょう。こんな所にずっといたら風邪ひいちゃいますよ?」


高宮はそう言うと、驚く俺の手を引いて、城へと戻ろうとする。

その間、高宮は朱夏を一瞥もしなかった。まるで、そこに朱夏の存在自体が無いかのように。


「ち、ちょっと陽奈……!」


「いいから早く戻りますよ」


「待ちなさいよ!!!」


俺を引っ張って、城に戻ろうとする高宮に、朱夏が苛立たしげに呼び止めた。

高宮は、そこで初めて朱夏を認識したような、少し驚いた顔をした。それが、さらに苛つかせたようで、朱夏は顔を歪ませた。


えっ……なにこの雰囲気?


「「………………」」


無言で睨み合う2人。

その背後から龍と虎のオーラが見えるのはおそらく気のせいだろう。気のせいであってくれ。


この気まずい空気の場所から逃れようと、逃走を試みたが、高宮に手をガッチリと掴まれていて失敗に終わった。

あ、あの……は、離してください!


結局、逃走に失敗した俺は、すぐそばで展開されている修羅場に恐れ慄くことしかできなかった。

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