16 再会?
「綾乃さ〜ん。探しましたよ〜!」
クソイケメンを成敗して、スッキリしている俺の元に、1人の少女が駆け寄って来た。
彼女の名前は、高宮 陽奈。女子中学生程度の小柄な体型をしており、天然の茶髪を短くツインテールで結んでいるのが、見た目の幼さに拍車をかけている。
性格は、好きなものと嫌いなものの扱いの差が激しい。好きな人には、明るく友好的だが、嫌いな相手には、攻撃的になる印象だ。
彼女は日本にいた時から、特に綾乃と親しい友人で、学校で2人が離れているところを見かける方が少ないくらいだ。そして、何故か綾乃に対してだけは敬語を使っている。
この世界に来てからもそれは変わらない。いや、それ以上に綾乃にベッタリになっているようだ。
因みに、綾乃になった俺が最も時間を共にするのも彼女だったりする。
「どうしたの、陽奈?」
この日は珍しく一緒にいなかった少女が、どこか焦ったような表情をしながら、駆け寄って来たことを尋ねてみる。
「廊下にいた娘たちから、綾乃さんが榊君とどこかに行ったって聞いて、探してたんですよ。良かった、無事だったんですね!」
無事って……。こいつは、榊にどんなイメージを持ってるんだ? でも、榊は、死人を出しに使って口説こうとするゲス野郎だからな。そのイメージは、おそらく間違いではないだろう。
「……う、うん。なんとか無事だったよ……」
ちょっと面白いことを思いついたので、少し疲弊したように装うことにした。
俺の目論見通り高宮は、「どうかしたんですか?」と食いついてきた。
「実は……さっき、煌成に身体を触られて、迫られたの……」
「なっ……!?」
俺が考えた面白いこととは、さっきの榊との出来事をちょっと過剰に伝えるというものだ。
別に嘘はついていない。肩に手を回すのだって、立派な接触行為だ。
高宮は、大好きな綾乃の突然の告白に、絶句して固まっている。
数秒経って我に返った高宮は、烈火の如く怒りを爆発させた。
「なんてやつ……! 目覚めて日の浅い綾乃さんにそんなふしだらな行為をしようとしたなんて……! やっぱり、男みたいな、下半身が全ての行動理念のような生物の側に、綾乃さんを置いておくなんて危険すぎます!」
よしよし。これで、もともと低かった高宮の榊に対する評価はさらに急落したな。ククク。
最後の一言は、随分偏った考えだとは思うが、ここではそれについて言及しないでおこう。
「ごめんね……? こんな事、陽奈に話すつもりじゃなかったの。……でも、私……怖くて……」
おれは、庇護欲をそそらせるように、身体を縮めて身を震わせるような仕草をした。ノリノリである。
「綾乃さん!? ……綾乃さんをこんなに怯えさせるなんて……。分かりました! これからは、私たちが綾乃さんを男子の魔の手から守ってみせますから!」
「安心してください!」と意気込む高宮。少し話が飛躍している気もするが、これで、榊の悪評は、女子の間で広まることだろう。
「…………!?」
榊を貶め、悦に浸っている俺の背後から、突如、強烈な不快感が襲いかかった。
それは、俺が死んだあの日、あの時に感じた"あの視線"によるものだと、確信できた。
それくらい俺の心に強く刻み込まれていた。
アレは、綾乃に向けられた視線だったのか? そもそも、誰が何のためにこんな悪意のこもった視線を向けているんだ?
しかもここは城の中だぞ。あの視線の持ち主は、ここに出入りできるやつということか?
「綾乃さん、どうしたんですか……?」
視線の主を探す俺に、高宮は心配そうに声をかけてきた。
「……ううん。何でもない」
「そうですか……。綾乃さん、日本にいた時から、時々背後を気にしてたことがあったから。……何かあるなら、遠慮なく言ってくださいね!」
そう言って、高宮は人懐っこい笑顔を見せた。
気づくと、さっきはあれほど強烈に感じていた視線は、全くなくなっていた。
*
ひとまず、視線の件は後回しにすることにした俺は、ふと頭に浮かんだ事を、高宮に聞くことにした。
「そういえば陽奈。朱夏ちゃんはどうしてる?」
それは、朱夏のことだ。俺が綾乃になってから数日。その間、俺が朱夏を目にすることは全くなかったので、少し疑問に思ったのだ。
まさか、朱夏まで寝たきりになっているなんてことないよな?
「朱夏、ちゃん……?」
一瞬、高宮の顔が不機嫌そうに歪んで見えたが、気のせいのか?
「あ、鈴本さんのことですか? あ〜……あの日からずっと部屋に籠りっぱなしなんですよね。何言っても返事は無いですし……。みんなどうすればいいか分からなくて困ってるんですよ……」
姿が見えないと思っていたが、そうなことになっていたのか……。
あの日からということは、俺の事も少なからず影響しているのだろうか。影響しているだろうな。
「そうなんだ……ありがとう」
俺は、それだけ言うと、すぐにこの場を離れ、朱夏の部屋へと向かうことにした。
後ろから、「もしかして鈴本さんの所に行くんですか? 言っても無駄ですよ!」という、高宮の引き止める声がするが、聞こえていないフリをした。
あいつは、俺の数少ない友人だ。暴力的で自己中心的な所もあるが、このままにはしておけない。
もし、俺の死が影響しているなら、幸月望が今もこの世界にいることを教えてやらないとな。
俺は、そんな決意を胸に、目的地を目指すのだった。
*
「朱夏ちゃん、いる?」
朱夏の部屋の前まで来た俺は、コン、コンとノックをして、呼びかける。
『………………』
しかし、返事は無い。寝ているのか?
諦めずにもう1度ノックする。
「朱夏ちゃん、開けて? 私、神代綾乃。……ねえ、聞こえてる?」
神代綾乃と言った時に、部屋からは小さな物音がした。どうやら、起きているようだ。
何度かノックを繰り返していると、部屋の中から、ガチャという鍵を開ける音がして、ほんの少しだがドアが開いた。
その隙間からは、目の下に隈ができた朱夏が、虚ろな目をしてこちらを見ていた。
暫く、無言で見つめ合っていたが、朱夏はこちらから視線を外すと、扉をさらに少し開けた。
どうやら、「入れ」ということらしい。
俺は、指示通りに部屋に入る。するとそこは、城の中の上質な部屋であることが嘘であるかのように、色々な物で散らかっていた。
そして、なぜか陽の光が差し込んでいるにも関わらず、部屋は、随分と薄暗く感じられた。
「……ふーん。目、覚めたのね……」
部屋を見回す俺に、沈んだ声音が飛んで来た。
振り返ると、朱夏が扉を閉めて、戻ってきていた。
よく見てみると、虚ろな目や大きな隈のほかにも、やつれた顔やボサボサの髪が認められる。
「そ、そうなの! それで、朱夏ちゃんの事を聞いて……」
「そう……」
俺の言葉に生返事をする朱夏。
俺が次の言葉に困っていると、朱夏の方が口を開いた。
「……それで? なんか用があるんじゃないの?」
「えっと……」
確かに、明確な用はある。ただ、いきなり「私は、外見は神代綾乃だけど、中身は幸月望なの」なんて言えるわけもない。
どうしたものかと悩む俺を見て、朱夏は大きな溜息を吐き--
「……大したようも無いのに来ないでよ。さあ、もう帰って」
とうんざりした様子で、俺を追い出しにかかった。
「ちょ、ちょっと……ま、待ってよ!」
「はいはい、もういいから。あの時一緒にいた綾乃だから部屋に入れたけど、そんなことする必要なかったようね」
部屋の外へ追い出そうと、朱夏は俺をぐいぐいと押し出そうとした。
まずい。このまま追い出されたら、次はもう返事すらしてもらえないかもしれない。
でも、いきなりアレを言うのも……と問答していると、出口はもうすぐそこまで迫っていた。
ええい! もう言うしかない!
「朱夏! 聞いてくれ! 俺は今、外見はこんなだけど、実は、中身は幸月望なんだよ!」
俺は、綾乃の口調をやめ、元の話し方で朱夏に言い放った。
すると、俺を押していた手が急に離れ、反動で俺は後ろに思いっきり倒れ込んでしまった。
「いてて……」
「……ねぇ、何言ってるの……?」
仰向けの態勢の俺を、ひどく困惑した表情で朱夏は見下ろしていた。
……アホか俺は!
よくよく考えてみれば、あんなこと言われて理解できるやつなんていないだろ!
ああ、時間を巻き戻したい……。




