13 嗚呼、女神様
眼を覚ますとそこは、見渡す限りの白だった。
まるで白色のペンキで全てを塗りつぶしたかのような漂白された風景。
そして、そんな殺風景なところに似つかわしくない存在が……。
腰まで伸ばした真っ直ぐな青髪を瞳にかからない程度におろし、少しの穢れをも感じさせない大きく澄んだ碧眼を持つ美少女。彫刻と錯覚してしまいそうな程美しい身体を守るように、純白のトーガで身を包んでいる。
どこか現実離れした存在と場所に、どう反応して良いのか分からない。
しかし、そんな俺を尻目に、少女は、おもむろに口を開いた。
「勇者様、誠に申し上げにくいのですが……貴方はお亡くなりになりました」
「…………」
見慣れない場所で、見慣れない美少女に、突然、死の宣告を受けた俺は、うまく言葉を発することができなかった。
そんな俺の様子を見て、少女は、悲痛な表情を浮かべー
「心中お察し致します……。貴方は、お仲間である2人の少女を凶弾から救われました。その行動は、"勇者"と言うに相応しいものです」
労わるように言った。
"凶弾から救った"や"勇者"という単語を訊き、ようやく俺の状態が理解できた。
ここは、"あの世"ということか。なるほど、そうか。ならば、訊いておかなければならない事がある。
「あの、俺は死んだんですよね? この後、俺はどうなるんですか?」
「はい。死者の魂は、現世での善行によって天界行きか地獄行きかが決まります。しかし、まだ、現世でやるべき事のある魂は、新たな生命として転生するのです」
剣と魔法の世界で街並みとかは、完全に西洋風なのに、がっつり仏教のシステムだった。敢えてつっこむまい。
そのシステムなら、俺は間違いなく天界行きだな。現世での善行は、朱夏たちを助けた件で飛躍的に積まれた筈だ。
「そうですか、解りました。ただ、1つだけ聞きたい事があります」
「何でしょうか?」
「俺が庇った2人は無事ですか?」
そう、2人の安否である。俺が庇って受けた魔弾がアレだけだったという保証はない。すぐに死んだ俺には、その後どうなったかが分からないのだ。
「2人とも一応無事ですよ」
その言葉に一気に心の重石が消えた気がする。そうか、俺の犠牲は無駄じゃなかったのか。
俺が安堵していると、目の前の少女は、ただーと付け加え、
「貴方が助けなくても2人は死にませんでしたけどね」
そんな衝撃的な発言見したのだ。
いやいや、待て待て。あの攻撃を全く予期していない状態でまともに受けたら、いくらチート性能のあいつらでまただじゃ済まない筈だぞ!?
「彼女たちがそんなに弱いわけないじゃないですか。スペアの貴方とは違うのですから。はぁ〜、本当に余計なことをしてくれました」
俺の心を読んだのか、少女は、さも当たり前のように言った。さっきと態度が違いすぎだろ、こいつ。
「何だと!? じゃあ、俺の死は犬死か? だいたいスペアって何だよ? そもそもお前の名前は?」
「あ〜もう。一気にペラペラ聞かないでくれます? 全く礼儀がなってない!」
心底うんざりしたように吐き捨てる彼女に殺意を覚える。こいつ……! 美少女じゃなかったら、顔面グーでいってたぞ!
俺が抱いてはいけない感情と闘っていると、少女が両腕を掲げ、
「いいでしょう。特別に教えて差し上げます
。我が名は、ベルザ! 聖教国ヴィルムを中心にこの世界で女神として崇められる存在なのです!」
と、高らかに宣言した。
こいつがベルザだと!? ベルザといえば、俺たちをこの世界に誘拐して、魔族と戦うよう仕向けた全ての元凶じゃないか!?
少女の意外な正体に、衝撃を受けた俺は、口を開くことかできない。
「フフン! 驚いたことでしょう。なにせ私は、この世の全ての生きとし生けるものを超越した存在なのです! 並の者は、死後ですら私に会うことは叶わないのです! 貴方は、特別なのですよ?」
驚いた俺を見て、気を良くしたベルザは、そんなことを宣う。
確かに驚きだ。たが、まるで自分と会うことが、この上ない幸福であるかのように語っているのがムカつく。俺は死んでるんだぞ。あと、どうでも良いけど、話す時のジェスチャーが一々デカくて、鬱陶しいことこの上ない。
……まあ良い。話が進まないので、気に食わないが、へりくだっておこう。
「申し訳ございません、ベルザ様。まさか貴女がその様な方だったとは。しかし、私にはいくつかの疑問があります。どうか下賤な私めに教えてくださいませ」
顔を引きつらせながら、必死に懇願すると、ベルザは満足そうに笑みを浮かべた。
「そうですか。そうですか。ようやく私の偉大さに気がつきましたか。感心、感心。では、貴女の様な無能で虚弱な憐れむべき存在にも分かりやすく教えて差し上げましょう! 何を訊きたいのですか?」
……我慢だ、我慢をしろ俺! ここは、必死に歯を食いしばって耐えろ!
「……さ、さきほど仰った、私が"スペア"である。という事について……お教えください……ませ……」
「う〜ん。声が小さいですねぇ……。もう1度!」
「はよ教えろや、このクソ女が……」
「な、何ですって!?」
おっといかん、訊こえていたか。小声で喋ったつもりが、ついつい声量が大きくなってしまったらしい。
ベルザ様が目を釣り上げてお怒りになっておられる。
「いえいえ、何でも。どうぞお教えください」
「……まあ良いでしょう。今回だけですからね」
俺が手で促すと、ベルザは、納得しないながらも口を開いた。
「貴女は、スペアなのですよ。現勇者がダメになった時用のね」
「ダメになった時とは?」
「例えば死んだりとか、その他諸々です。兎に角、今の勇者が戦力にならなくなった時に、その力をトレースする器が必要になります。それが、貴方です」
「力をトレースする器? ……じゃあそれは、俺のステータスやスキルが貧弱なのと関係が?」
「ええ。職業が違ったり、スキルを必要以上に覚えてたりしたら、いざ移す時に面倒臭いじゃないですか」
などと、目の前の女神は、あっけらかんと答えた。
……頭が痛くなってきた。予備を用意する必要あるのか? 戦闘になったら、間違いなくそいつから死ぬぞ。実際死んだし。
それに、そのことをヴィルムの連中に伝えてなかったら、そのスペアの扱いは悪くなるはずだ。事実、俺は、ボロ小屋に強制転居させられたりしたからな。
いやいや、そんなドヤ顔されても困るぞ。こんなガバガバな策を考えて、どうしてそんなに自慢げにできるんだ!?
俺たちを無理やりこの世界に召喚した諸悪の根源の正体が、まさかこんなやつだったとは……ちょっとショックだぞ。
「そうか、一応納得しておく。ん? じゃあ、俺のステータスが貧弱なのも関係が……?」
「いいえ、それは単に貴方のステータスが低いだけですよ。ただ、1番低い人を"器"にしようと思っていたので、ここまで明らかに弱い人がいたのは、ある意味ではラッキーでしたけどね」
「あれはお前が関わっていたんじゃないのかよ!?」
嘘だろ……。"女神に操作された貧弱ステータスを摑まされた不運な俺"という肩書きを名乗って、この世界で背負わされた不名誉を回復しようと思ったのに! それすら叶わんとは……。やっぱこの世界はバグってる。間違いない。




