12 補正なんて無かった
ゴーレムがただの瓦礫に変わってから町には、逃げ出した人が徐々に戻り始め、ケガ人の救助や瓦礫の処理などが行われた。
大通りの建物は、ゴーレムの岩石砲なんかで、多くが全壊、もしくは半壊したため、元どおりの市場町に戻るには、かなり時間がかかりそうだ。
しかしまあ、何はともあれ、これで町を襲う魔物の脅威は去って、意見落着というわけだな。
この後、この町の町長から、町を襲撃した魔物を退けた英雄たちとして讃えられ、記念パーティに招待されたり、町人や商人たちから持て囃され、「せめて1日だけでも、この町に留まってください!」と言った誘いを、丁重に断り、この町を出た頃には、すっかり陽は落ち、夜の帳が下りていた。
俺たち3人は、ヴィルムへと戻るべく、意気揚々と朝通った道を戻っていた。
「しかしまあ、いきなり町でゴーレムに襲われるとは思わなかったな」
「うん、急に出てきたからびっくりしたね。でも、なんとかやっつけられてよかったよ〜」
「サリの町長たちから、町の英雄扱いされるのも予想外よね。町の中心部分が壊滅状態になるまで、あのゴーレムを止められなかったのに」
「しかし、町長曰く、町の復興の目処は立ってるみたいだし、それよりも魔物に居座られる方が町としては、痛手だったみたいだからな。退治してくれただけで、十分町の英雄だって言ってたぞ」
朱夏の表情が若干曇ったのを見て、俺は少しフォローを入れる。実際、町の人々は、綾乃や朱夏には、とても感謝していると言ってたしな。俺については、特に何も言ってなかったが、俺も命がけで色々やったのにな……。
しっかし、今日はイベントが多すぎて疲れたなー。
……ん? なんかとてつもなく重要な目的を忘れている気がする。なんだっけな……、それのために今日、行動したと言っても過言ではない、それくらいのやつだったんだが。
発生しすぎたイベントのせいで、大事なことを忘れているような感じがした俺は、会話の輪を外れ、今日の出来事を整理することにした。
そもそも、なんでサリに行ったんだったっけ?
確か、いつも行かされる嗜好品購入が目的だったな。だが、なんで3人で行くことになった?
まず綾乃だ……。彼女は、俺が朱夏と待ち合わせしている時にばったり鉢合わせして、成り行きでついてくることになった。
そうだ! 俺は、朱夏と待ち合わせをしていたんだ。しかし、何故だ? いつも1人で行くはずの買い出しに、どうして朱夏と行くことになったのか。
そういえば、昨日の夜、朱夏が俺のところに来て、何か約束を取り付けたよな。それが理由だったはずだ。
じゃあ、その約束は?
………………あっ!? ヴィルムからの脱出計画、完全に忘れてた……。
しまった!? すっかり忘却してしまっていた。もうヴィルムとの距離は、すぐそこまで迫っていた。
まずい、まずい、……まずい、まずい!
「朱夏! おい、朱夏!」
緊急事態に俺は、朱夏を小声で呼び止めた。
「何? 何なの?」
俺のあまりの慌てぶりに、朱夏は、少し驚いたようなそぶりを見せた。
「脱出計画って、どうなったんだよ!?」
「脱出計画ぅ? …………ああ!?」
この様子だと、確実にこいつも忘れてたな。
「言い出しっぺのお前がどうして忘れてんだよ!?」
「うるさいわね! 当事者は、あんたなんだから、あんたが覚えておくべきでしょ!?」
くっ、このクソ幼女め! 逆ギレとは何と見苦しい!
「2人とも、一体どうしたの?」
そんな俺たちを不思議そうに見つめる綾乃。
不味いぞ! 下手な事すると確実に悟られる。
ど、どうやって誤魔化せば良いのか……。
俺たちが必死に言い訳を考えていると、それを待たずに綾乃が口を開いた。
「もしかして、脱走するとかなんとかのこと? 今日は夜も遅いし、やるなら今度が良いんじゃないかな〜」
なるほど、綾乃には、俺たちがこの国から逃げるつもりだったことに気がついていたようだ。ははは、まいったなあ。
……って、ちょっと待て!? ナチュラルに流したけど、なんで気づかれたんだ!? いつだ、いつ気づかれた!?
「もしかして気づいてないと思ってた? 2人とも結構挙動不審だったから、分かりやすかったよ」
慌てる俺たちの様子を察して、綾乃は、楽しげに語った。だが、俺たちは、楽しんでいる場合じゃない。色々と問いたださねば……。
「神代様は、いつお気づきになられたのですか?」
いかん、後ろめたいことがありすぎて、口調がおかしなことになってしまった。
「様付け!? う〜んと、最初は朱夏ちゃんが、夜、城の離れにコソコソ出かけてたことかな。後をつけたら幸月君の家にキックしながら入っていったから、びっくりしちゃったよ」
あの時か!? というか朱夏! お前、俺にバレたらどうだとかで、窒息するまで口塞いどいて、お前が真っ先に見つかってんじゃねぇか!! おいコラ、目を逸らすな、こっち見ろ!
「それから、2人がこの国から逃げるっていう話を聞いて、逃げるんなら今日じゃないかなって待ち伏せしたの」
ああ、どうもおかしいと思ったら、あれは偶然じゃなかったのか……。
それなら、急について来ると言ったのも納得だ。
「幸月君、誤魔化そうと必死なんだもん! すぐに、ああ、今日動くんだなって分かっちゃったよ」
なんだと……俺の完璧な話術が通じなかっただと……!?
……おい、朱夏。なんだその咎めるような視線は。元はと言えば、お前が綾乃にあっさり見つかったのが悪いんだからな。俺は悪くない!
俺たちが睨み合っている様を見て、綾乃はクスクスと笑った。随分と楽しそうですね。
「仮に逃げるとしても、その後の生活とかもあるんだよ? 朱夏ちゃんが国からもらったお金だけで、これから生きていくつもり? それとも、ずっと日雇い労働するの?」
笑っていた顔を少し怒ったようにした綾乃に、正論で諭された。メッ! というふうに人差し指を立てて叱られ、俺たちはシュンとした。一応、同級生ですよ?
確かにその通りでございます。わたくしたちは、その後のことは考えておりませんでした。あとは、野となれ山となれって感じでした。
「2人が逃げようとしてたことは誰にも言わないし、それにほら! 今日ゴーレムをやっつけたのは、この3人がいたからじゃない? 私からマルムさんとかに幸月君の活躍も伝えておくから」
だから少しは待遇も改善されると思うよ。と、綾乃は俺たちに語りかけた。
すみません、綾乃様。どうかよろしくお願いいたします。
「すみません、綾乃様。どうかよろしくお願いいたします」
「またその話し方!? 普通で良いよ〜」
そんなことを笑いながら話していると、どこからか、とてつもなく不快な視線が送られてきた。
………………っ!?
思わず辺りを見渡すが、その視線の主はいない。
2人は、その視線には気がついていないようだ。
一体なんなんだ今のは!?
憎しみ? 怒り? 嫌悪? そんな負の感情が綯交ぜになったような恐ろしい視線だ。およそ、人が発するそれではない。
2人にこのことを伝えるべきか迷ったが、やはり、伝えた方が良いだろう。
そう思い、俺が口を開こうとしたその時ー空から巨大な、魔力でてきた闇の球が襲いかかってきたのだ。
2人は、それに気づくのが遅れ、避けることができずにいる。
「危ない!!!」
俺はそう叫び、咄嗟に2人を突き飛ばす。その間も、魔力弾は止まることなく落下して来る。その場所は、さっきまで綾乃や朱夏がいた場所。つまり、今、俺がいる場所だ。
アレ? 俺はこの後どうすれば……。物語なら、ここで俺の勇者としての才能が目覚め、ピンチを脱する筈だが……。
しかし、この世界でそんなことが起こるわけもなく、俺はなす術なく、魔力弾をまともに受けてしまった。
「望!? いやぁぁぁぁぁぁ!!! 」
直撃する瞬間、誰かの悲痛な叫び声がしたが、魔力弾が直撃した轟音に遮られてしまった。
……ウソだろ? 俺、ここで死ぬのかよ。でもまあ、仲間を庇って死ぬなんて、最高にカッコいい死に方だな。痛みも思いの外感じていないし。
薄れ行く意識の中、俺は、そんな場違いなことを考えていたが、それも一瞬だ。すぐに、残りの意識も深い闇の中へと沈んでいった。




