1 プロローグ
眼を覚ますとそこは、見渡す限りの白だった。
まるで白色のペンキで全てを塗りつぶしたかのような漂白された風景。
そして、そんな殺風景なところに似つかわしくない存在が……。
腰まで伸ばした真っ直ぐな青髪を瞳にかからない程度におろし、少しの穢れをも感じさせない大きく澄んだ碧眼を持つ美少女。彫刻と錯覚してしまいそうな程美しい身体を守るように、純白のトーガで身を包んでいる。
どこか現実離れした存在と場所に、どう反応して良いのか分からない。
しかし、そんな俺を尻目に、少女は、おもむろに口を開いた。
「勇者様、誠に申し上げにくいのですが……、貴方はお亡くなりになりました」
少女からの突然の死の宣告に、俺は目の前が真っ暗になっていく。
どうしてこんなことに……、思えばあそこから俺の運命は狂い始めていたのかもしれない。
*
俺、幸月 望は、どこにでもいる普通の高校2年生だ。
別段、勉強が得意というわけでもなく、運動が得意というわけでもない。容姿もそれほど優れているわけでもない。
何度も言うが、本当に普通の高校生だ。
そんな普通の学生である俺は、地元の普通科高校に通っているが、変化のない退屈な日常に飽き飽きしている。
なんかこう……、非日常な……、摩訶不思議な冒険なんかをやってみたいと思っている。
高校生にもなってそんなことを考えているのは、相当痛いことは、自分でも分かっているんだが、それくらい退屈なんだ。
そんなことを考えつつ、今日も変化のない生活を送っていくんだけどな。
*
いつもの様に、約4時間、淡々と授業をこなして、昼休みに突入。
人が1人、また1人と教室から出て行き、約40人を押し込んだ教室は、少しではあるが、静かになった。
俺は、窓際の席で、購買部に食料を調達しにいった幼馴染の友人を待つといういつもの光景。
ふと、窓の外を見つめる。
朝は、太陽が燦々と照りつけており、爽やかな風景だったが、小1時間前から、分厚い雨雲が空を覆い、陰鬱な天候へと変化していた。
否が応にも憂鬱な気分にさせてくる景色から目を背け、教室に視線を戻す。
俺とは反対の位置に、男女数人のグループができており、その中心には、このクラスの中心人物が陣取っていた。
成績優秀、容姿端麗で生徒会役員を務め、時期生徒会長筆頭の神代 綾乃。
美しい黒髪を腰の位置まで降ろし、華奢な身体は、透き通る様な白い肌をしていて、お手本の様な日本美人である。容姿は、あえて語るまでもない。
それでいて、運動能力も飛び抜けて高く、運動部から度々スカウトされているなど隙がない。
そしてもう1人は、文武両道、眉目秀麗を体現した様な男。名前は、榊 煌成という。
学業の成績は言わずもがな、運動では、バスケ部に所属し、チームの中心人物としてインターハイにまで出場した。
天然の茶髪を丁寧にセットし、部活で鍛えられた身体は、細めの体つきだがしっかりと筋肉をつけていて、理想的な体型をしている。顔つきもそんじょそこらのアイドルとは比べ物にならないほど整っており、校内外にファンが存在するほどだ。
普段は教室にいないメンバーがいるという、物珍しさから、自然と注目してしまう。
神代、榊の2人を囲み、楽しそうに談笑するクラスメイトたちを眺めていると、何とも言えない気持ちになる。
ああいう特別な存在は、きっと毎日が楽しいんだろうな。それに比べて俺は………。
そんな意味のない対比をしてしまい、また暗い気分になる。
また、窓の外の陰鬱な景色を眺め、誰にも聞こえないように、
「はぁ……、退屈だ」
と溢した。
あまりの自分の痛さに、思わず頭を抱えていると、
「あんた、1人で何言ってるわけ?」
嘲笑とあきれが混ざった高い声が聴こえてきた。
視線を向けると、俺の友人……いや、悪友といったほうが正しいか。俺の悪友である小柄な少女が立っていた。少女は、小馬鹿にした態度で俺を見つめ、イタズラっぽい笑みを浮かべている。
俺の悪友ー、どう見ても小学生にしか見えない体型をしているこの女の子は、鈴本 朱夏という。
140㎝程度しかない完全無欠の幼児体型で学校の女子からは、マスコット的な意味で人気が高い。しかし、性格は凶暴そのもので、自分をバカにする人物には、徹底的に噛み付くので、男子からはかなり恐れられている。
気の強そうな大きな目とつり上がった眉をもち、首ほどの長さの赤みがかった髪をポニーテールにまとめている。
容姿は、整っているが、その性格が災いして、同世代の男に言い寄られることは、皆無である。本人は、ロリコンにはモテるなど意味不明な言い訳をしていたが。
親友ー、ほどとは言わないが、幼少期からの腐れ縁がずっと続いており、お互い居心地が良いから一緒にいる。俺たちの関係はこんな感じだ。
それにしても、聞かれてたのか……。周りに聞こえない程度には、声を抑えていたはずなのに。
「あんたの独り言は、独り言になってないの」
そんな俺の心を読んだのか、朱夏は、再び呆れ顔をして、俺の横の席に座る。
「それで、何でそんな痛いことを言ってたの?」
「誰も聞いてないと思ったんだよ……。それに、実際に退屈なんだからしょうがないだろ」
だいたい--と、俺は付け加えて、
「お前だってそんなこと考えたことあるだろ?」
「無いわね」
「1度もか!?」
「無いっつってるでしょ」
驚愕を浮かべる俺に、朱夏は、素気無く答える。
ここでこの話は一旦終わったが、しばらくこの悪友からこの話題で弄られることを想像すると憂鬱だ。
取り止めのない話を交えた昼食を終え、気がつくと、予鈴の時間が近づいたこともあり、教室には屋上や食堂にいたであろうクラスメイトたちが続々と戻っていた。
窓越しから外を見ると、空を覆っていた分厚い雲から大粒の雨が降り始めていた。そういえば、午後から明日の午前中まで降り続くと朝の情報番組でやってたな。
帰宅のことや明日の登校のことを考えると、また憂鬱になる。
だが、そんな心配は必要のないものとなった。
突如として巨大な魔法陣のようなものが現れ、そこから、発せられた光が教室全てを飲み込んだのだ。