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06話 この門をくぐるもの一切は平等なり

 放課後の事。


「少し、よろしくて」

「あ、はい……ひっ?!」


 アイリと呼ばれた少女に、リリアーヌは声を掛ける。対するアイリは何気なしに返答し、リリアーヌの顔を見て悲鳴をあげる。失礼な!と憤慨しそうになるが、肉食動物に追い詰められた小動物の様に涙目でガタガタと震える姿を見ていると怒るに怒れない。周囲の目が痛い。


「…………ここでは衆目が多いですわね、付いて来て下さいな」

「ひっ、ひっ、はい……」


 ジロジロと見られ、アイリを助けるべきかという相談を始めた周囲に、さすがにここでは話は出来ないと静かな場所に行こうと提案するリリアーヌ。だが、アイリにとっては不良の「ちょっとツラ貸せや」と同義に聞こえ、さらに表情を絶望に歪め、身体を強張らせている。これには流石にリリアーヌも傷つく。そこまで怖がらせることしたかしら、とここ数日の事を振り返るが、せいぜい入学式で罵倒したのと食堂で叱責したくらいだ。

 ……怯えて当然である。リリアーヌは心の中で謝罪をした。


「ここでいいかしら」


 ツラを貸せと言われれば、向かう先は校舎裏か屋上である。少なくともアイリの認識では。

無言でツカツカと歩くリリアーヌの後ろを追いながら、少女は絶望感と疑問に包まれていた。(どうして私を……また何かやっちゃったの……)そう自問するが、心当たりは無い。当の本人に問おうにも、早足で歩くリリアーヌは追いつくのが精いっぱいの上に背中から話しかけるなオーラを感じて話しかけづらい。そうこうしている内に、たどり着いたのは屋上。アイリは更に深い絶望に包まれる。


「あ、あの、私貧乏でお金とかあまり……」

「……わたくしが何しようと思っているのかしら、貴女は?」

「か……かつあげ?」

「貴族が平民に対して?どんな状況ですの!」


 人目が無くなり思う存分うがーっと憤慨するリリアーヌの姿に、どうやらカツアゲやシバキではないと理解したアイリは、ホッとした様子でなだらかな胸をなでおろす。怯えの表情が和らぎ、リリアーヌもホッとした表情を浮かべる。どうやら彼女達とまともに話すことが出来そうだ。


「この前は悪かったですわ」


 リリアーヌが伝えたかったのは、以前の食堂での事への謝罪。あの場で誰かが叱責をしなければアイリの立場は悪くなっていた、とは言え流石に泣かすまではやりすぎたと反省していた。平民と言え、衆目の中で婦女子に泣き顔を晒させたことは申し訳なく思っていたのだ。


「この前、ですか?」

「食堂でのことですわ。少し言い過ぎたと――」


 キョトンとした様子のアイリに説明しようとした瞬間、リリアーヌに硬く握られた拳が叩き込まれる――もっとも、それは肌に触れる数センチの所で、宙に浮かぶアクリル板の様な壁に遮られていたが。


「……無礼ですわね、話し中に」


 さほど驚いた様子もなく、リリアーヌは襲撃者を優雅に睨みつける。尾行されていた事には気付いていた。そのうえであえて隙を晒していたのだ、防げないはずがない。

 襲撃者は、アイリと同様の黒い髪にバンダナで巻いた少年。少年と言ってもその体格は大きく、180cmは優に超えている。顔は整っているが強面と言って差し支えない面持ちで、リリアーヌですら正直怖いと思う程。

 硬直は一瞬だけ。すぐに身を翻した少年は間合いを取り、リリアーヌと対峙する。尾行している以上何らかのアクションを起こしてくると思っていたが、まさか殴りかかってくるとは思っていなかったリリアーヌは、警戒の度合いを幾分高めて注意深く相手の反応を窺う。


「アイリから離れろ」

「命令しないで頂けるかしら?」


 待っていて出てきた言葉はそれだけ。思わずイラッとして邪険に返す。


「平民ごときにってか、関係ねえな。アイリから離れろ」


 有無を言わさぬ様子に、小さな溜息と共にお望み通りとアイリから距離を取った場所に移動する。ここが学院の中でなければ、彼の言うとおり平民ごときにと断じているところだが、根が真面目なリリアーヌは学院の掲げる、この学び舎では貴族も平民も平等という言葉を信じて愚直に守っている。

 特に文句も言わずに言われたとおりに移動するリリアーヌに、アイリと少年は目を丸くして驚く。学院に入ってまだ数日しか経っていないが、事実上この平等は形骸化している事は彼らが一番理解していたし、逆上して攻撃してくることも想定していたからだ。


「それで?いきなり襲って来た事、説明していただけるんでしょうね」


 少年とアイリ、そしてリリアーヌの立ち位置が丁度正三角形になったところでリリアーヌは優雅に彼らと向き合い、そう告げる。


「……あ?お前がアイリ泣かそうとしていたんだろ“悪役令嬢(ヴィラン)”」

「一つ訂正しておきますが、それはわたくしのあだ名ではありませんし、次そう呼んだら串刺しにしますわよ」


 “悪役令嬢(ヴィラン)”と呼ばれた瞬間ゾワリと殺気立つリリアーヌ。シュウと呼ばれた少年は思わず身構える。

 悪役令嬢、そのあだ名は好きではない。主人公(ヒロイン)を苛めて、ヒーローとの愛を深めるための当て馬。最後には報いを受けて没落し、破滅するやられ役。ああなんて惨めで哀れで魅力的な終わりだろうか。だが、リリアーヌはそれだけは許せない。例え死に絶えようと、トーテス・トリープ家の没落だけは許せない。


「だ、だめだよ!シュウちゃんも落ち着いて!」


 緊張感を増す二人の間に、物怖じもせずに割り込み仲介するアイリ。ワタワタと小動物を思わせる、当人は必至ながらもほほえましい動きで思わず毒気を抜かれたリリアーヌは呆れとともに矛を下げる。万が一巻き込まれたらとか考えないのかしら?と疑問に思いながらも。


「知り合いかしら?」

「は、はい。同郷の幼馴染で、シュウちゃんです」

「ちゃん言うな」


 ぶっきらぼうにそれだけを言い捨てるシュウ、ちゃん。寡黙な彼からのそれ以上の説明は無かったが、幼馴染を泣かせた相手が再び連れ出し、人気のないところで何かをしようとしていた――なるほど、割って入るのも道理である。いきなり殴りかかるのは短慮だが、特段気にした様子もなくリリアーヌは不問とすることにした。


「そう。手綱はちゃんと引いておくべきよ?」

「――んだと、てめェ」


 再び凄むシュウに、慌ててアイリが「どうどう」と割って入る。この強面相手を馬扱いしている小柄な少女という異様な光景だが、慣れた様子のアイリの姿に思わずクスリとリリアーヌは微笑む。大柄のシュウと小柄のアイリ、その身長差は頭二つ分程にもなり、下手したら親と子に見える。


「……えっと、食堂での事は気にしていません。むしろ教えて頂いてありがとうございました」

「……貴族と平民が同等に扱われる、その事を快く思うものばかりではない。油断しない方が良いですわ」

「き、気を付けます!私、よくおっちょこちょいって言われますし!」

「そうねぇ……」

「そうだな……」

「ハモってるよ!?」


 改めて謝罪をするとアイリは特段気にした様子もなく、むしろ感謝していますといったさまでリリアーヌは安心する。しかし彼女の自称するおっちょこちょいは、数度目にしたリリアーヌにもはっきり確信できるほどで、幼馴染だと言っていたシュウにとってはなじみも深い問題だろう。リリアーヌは初めてこの強面の少年にちょっと同情をする。


「……悪ィ。俺の勘違いだった」

「全くですわ。学院の外なら、不敬罪で即刻縛り首よ」

「そんな……っ」


 頭を下げて謝罪をするシュウに、リリアーヌはいたずらっぽく返す。真に受けたのはアイリ。おろおろとしながら若干涙目になっている。この子15才よね?見た目はいいから悪い男にだまされたりしないかしら――とまで思ってから、あぁ守護騎士(シュヴァリエ)様が居ましたねと生暖かい目でシュウを見る。視線とその込められた意味を正しく受け取ったシュウは、バツの悪そうな顔で頭をポリポリと掻いていた。


「貴女、本当に拙速ね?早とちりは寿命を縮めますわよ?」

「ご、ごめんなさい……よく言われます……」

「ここは王立エグリゴリ学院の中。“この門をくぐるもの一切は平等なり”貴方を裁く事はわたくしの権限ではありませんわ」


 そしてリリアーヌが報告をしなければ、シュウが責を負われる事は無い。


「……感謝する」

「えっと?あっ!ありがとうございます!悪役令嬢様!ふぎゅ?!」


 礼をいうシュウに、どうやらリリアーヌの言葉が許してくれたという意味だと理解したアイリも遅れて礼を言う。……余計な言葉を付けながら。

 次の瞬間には、リリアーヌの手がアイリの頭をしっかりと掴んでいた。


「次言ったら串刺しと言いましたわよね?」


 アイリがおそるおそる見上げると、そこにあったのは優雅に笑みをたたえるリリアーヌの姿。だけどどうしてだろう、怖い。すごくこわい。思わず「ひぇ」と口に出た。

 微笑みながらそう宣告するリリアーヌの姿に、アイリは本当に串刺しを待つ処刑人の気持ちになる。


「ご、ごめんなさい?!貴族の人って名前が長くて覚えれなくて……!それに言われたのはシュウちゃんで……」

「問答無用ですわ」


 リリアーヌから魔力の高まりを感じる。


「ひえっ、シュウちゃん助けてぇー!」

「うちの妹分がスマン」

「いやぁぁぁ!はーくーじょーうーもーのー!」


 スパーンッという気味の良い軽快な音が、春の夕暮れの屋上に鳴り響いた。





「失敗しましたわ……」


 次の日にリリアーヌはそう呟く。

 絶望顔のアイリを屋上まで引き連れたこと。

 あの後、「リリアーヌ・トーテス・トリープさまリリアーヌ・トーテス・トリープさま」とベソをかきながら呟くアイリの姿がみられたこと。

 この二つの要素が組み合わさればその間に何があったかは想像に難くない。


「“悪役令嬢(ヴィラン)”が落ちこぼれを虐めたみたいだ」

「きっと殿下に負けた憂さ晴らしだろう」

「あんな小さな子を。落ちこぼれの子可哀そう」


 何故か風当たりが柔らかくなったアイリ。何故か風当たりが強くなったリリアーヌ。

 結果だけを言えば、そもそも風当たり自体気にしていなかったアイリは、少し優しくなった周囲にキョトンとし、家の復興を目指すリリアーヌの評価が下がったというものだ。


「理不尽ですわ?!!」


 “この門をくぐるもの一切は平等なり”、されどどうやら幸運の女神は依怙贔屓が過ぎるようだった。

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