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04話 鮮血の教示者、焼尽の統治者

 魔の求道、つまりは魔術の探求。それを目的とした学院で行われる記念すべき第一回の授業。それは勿論魔術の授業だ。尤も占星術や薬草等の魔女術(ウィッチクラフト)と、ほとんどの授業は魔術に関わりのあるものであるけれど。

 授業の内容は単純、魔術を用いた戦闘について。魔術師としての教育と適性に合った専門分野の研究を収めた彼らは国内の様々な領地に散らばり、そこで魔術師としての能力を発揮する。収めた魔術にとって得手不得手があるものの、共通して彼らはある一つの任務が与えられている。


 都市を襲う魔獣を撃退せよ。


 魔獣は只人が戦うには荷が重い。ただの獣に比べてもその力は遥かに強く、その生命力は脅威だ。剣で切り裂く事は難しく、矢を突き刺すことは困難。だからこその、魔術師。魔術師が陥とされれば、その都市は陥落する。それがこの世界の共通認識であり、概ね間違いのない事実だった。

 つまり、記念すべき最初の授業では、魔術を用いた“敵”の殺し方を習う。物騒にも程があるが、弱肉強食の世界では常識だ。

 そしてリリアーヌは、浮かれていた。


(トーテス・トリープの“血”の有用性を示すには絶好のチャンスですわ!)


 彼女の目的は魔術の研鑚よりも、自身の特異魔術のアピールに重きを置かれている。そもそも神童と呼ばれていたのは伊達では無く、学院に来ずとも自力で魔獣の撃退などこなせるであろう。そしてこの戦闘という分野は、彼女が最も得意とするものである。


「――説明は以上だ。言った通り、後は数組ずつ1対1で同時に決闘してもらう。何、死ななきゃ治る。うちの保険医は腕がいい。死ぬほど薬がマズイのが難だが。ただし、死んだら戻らないからそれだけは気を付けろ」


 教員と思えない言葉だ。その教員の声で最初の組に選ばれた数人が呼ばれて整列し、同時に決闘を始める。


(……さすがは王国の誇る最高魔術研究機関。入学者からしてかなりレベルが高いですわ)


 それがベンチに座ってその決闘を眺めるリリアーヌの抱いた感想だ。幼いころから魔術の教育を施され、魔術の血を受け継いでいる貴族出身のものの技術が優れているのは勿論だが、平民出身のものの魔術も侮れない。国で定められた10歳の成人の日に各領地で魔術の適性と魔力量を調べられ、選ばれたもの達だ。魔術師として大成すれば平民であったころとは比べ物にならない程の暮らしを送れる。必死にもなるだろう。


(ですが、負けてはおれません。わたくしの魔術の有用性は段違いである事を示さなければ)


 そうしなければリリアーヌは適当な貴族の下に嫁がされ、そこで血統の魔術を残す為だけで終わってしまう。それは到底許容できることではない。


「よーし、そこまでー。負けたからって気落ちするなよ。これは訓練だからな。だが、忘れるな。“負けれる”のはこの学院に居る間だけだってことを」

(……皮肉ですわね。わたくしはこの学院に居る間も負けれないのだから)


 教員の敗者への慰めの言葉はリリアーヌにとっては皮肉なもので、僅かに不機嫌になり眉をしかめる。そしてたまたま目があった生徒が怯えて慌てて目を逸らすのが見えた。失礼な。


「次はリリアーヌ」

「はい」


 名前を呼ばれただけで周囲に緊張感が走るのが伝わる。これはしばらくしたら落ち着くのだろうかと思いながら返事をする。


「相手はルートヴィヒ」

「はい」

「はい?」


 続いてあげられた対戦相手の名前に、思わずリリアーヌも先と同じ言葉を、ニュアンスがかなり違えて言ってしまう。ルートヴィヒ。王子様が記念すべき学院最初の決闘相手と相成った。


「思ったより早くリベンジの機会が出来てうれしいよ」

「わたくしは全然嬉しくありませんわ……」


 よりにもよって、よりにもよって王子様が相手である。思いつく限りで最悪の相手だ。万が一、大けがをさせてしまったりしたら流石に問題である。奥が一、誤って殺してしまえば次の日にはリリアーヌは地下牢で、二度と日の目は拝めないだろう。場合によってはギロチン台もあり得る。

 そしてなにより………… 王族である彼は、とてつもなく強い。


「言ったはずだよ、ここでは僕は一学徒でしかない。遠慮は無用さ」

「手が滑った場合は流石に問題になりますわ……」


 頭を抱えながらそう言い放った為、リリアーヌは王子の表情を見ていなかった。爽やかな笑顔が一瞬凍りついたことに。負けず嫌いの王子の心に火をともしてしまったことに。


「まるで自分が勝つのが決まっているような言い草だね」

「…………失礼ですが、まるで私が負けるかのような言い草ですが?」

「面白い」


 ハッ、今少しカチンときて売り言葉に買い言葉を放ってしまった。リリアーヌがそう思った時にはもう遅い。ルートヴィヒの表情は笑顔のままだが、獰猛な獅子を思わせる気迫でこちらを全力で叩き潰さんと言う気概を感じる。


(ああああぁぁ!この負けず嫌いの××王子様!!おかげで少し発作が出てしまいましたわ!!)


 王家に忠誠を誓う辺境伯令嬢として、心の中でも王子への暴言はごにょごにょと誤魔化しながら苦悩する。恐らくルートヴィヒは王家の特異魔術を用いて本気で来るだろう。それは汎用魔術で対処できると思えず、必然、彼女も全力で特異魔術を用いて迎撃することになる。

 だが、やる事は最初から変わっていない。トーテス・トリープの魔術の威光を示す。その目的は変わらない。ならばこの負けず嫌いの王子殿下にも見せつけてやろう――そう彼女は決意し、迷いを捨てる。


「位置に着いたな。では――――初め!!」


 教員の合図と共にリリアーヌは唱える。その名を――


「我が血統の証を示せ“鮮血の教示者ブラッディ・チューター”」


 身体の中から、ゴソリと何かが流れ落ちる悪寒が走る。

 赤い、血が舞う。

 血圧を不足した心臓は早鐘のように脈を打ち、手足の先端から凍りついたような冷えを、吐き気と眠ってしまいたくなるような酩酊感と意識の混濁。


 “死”


 その一つの言葉が頭をよぎる感覚。


「……随分と、穏やかじゃない魔法だね」

「殿下にこの様な不浄なものを見せるのは心苦しいですが、我が家の伝統ですので」


 リリアーヌの周囲に意思を持ったかのように浮かび、漂うのは彼女の“血”。

 トーテス・トリープ家――通称“血染の魔術師”。その魔術の根幹は血統。血に呪いを重ね、血統により繋げる呪術と魔術の結晶。

 リリアーヌを残して当主と嫡男を失ったトーテス・トリープ家が今なお取り壊しにならない理由(ワケ)


「顔色が悪いようだけど、その状態で戦えるのかな?」

「……ご心配なく。慣れていますので」


 常人であれば気を失っているであろう出血も、彼女には慣れたものだ。どれほどの出血であれば気を失い、失血下でどれほどの運動が起こせるか等は、誰よりも熟知しているのだから。

 その瞬間、完全に意識の隙間を縫うような一撃がルートヴィヒの顔面を襲う。血が凝固し、串刺しの槍と化した一撃は鋭く疾く、端正な顔を削ぎ取る一撃。それをわずかに髪の房を切らせるだけで躱す。よくかわしたなぁとリリアーヌは思う。魔術は兎も角武術の心得が無い彼女には、自分がやられて躱せるとは思えない。別の方法で防ぐけど。


「失礼、隙だらけでしたので」

「油断していた訳じゃないけど、早いし正確だ。少し危なかったよ」


 奇襲を受けても爽やかなのは最早そのような特異魔術なのでは。という不敬な想像をしている内にも、攻撃の手は休めない。足元から、頭上から、背後から。血で出来た槍が襲いかかる。その悉くを紙一重で躱し、時には汎用の防御魔術で防ぐルートヴィヒに、リリアーヌは僅かに焦りを覚える。


(もしかしてルートヴィヒ様、決闘だったらわたくしより強いのでは……?)


 ここまで鮮やかに、そして華麗に躱され防がれると、神童も名折れである。だが、王子の実力は理解できた。彼ほどの実力ならば、これでも死ぬことは無いだろうとそう判断し――


(これでッ、どうですか!!)


 ――全方位からの刺突。リリアーヌは迷いなくその選択に出る。防げなければ死ぬ一撃、躱す隙間は無く、同時に汎用魔術で防ぐには強烈すぎる一撃。並みのものであれば確実に全身を穴だらけにして絶命していたであろう殺傷性だ。

 さすがに周囲からもざわめきが聞こえる。王族に躊躇なく放つ攻撃としては度を超えているから。


 血はリリアーヌの身体の一部であり、触覚だ。その血の槍先が捉えた物が何なのかは彼女にもリアルタイムで伝達される。今回の様に、槍先がどのような物に灼かれて蒸発させられたのかも。

 確実に身体を貫くであろう槍は、半分を過ぎたところでまるで飴細工のように融かされ消失し、その先に居たのは赤く、白く、燃え盛り吼える焔の“龍”。それが、ルードヴィヒの身体を護るようにとぐろを巻いていた。これこそがヴァナヘイム家が王家である証。ドラゴンを象った最高位の精霊術。


「……祖は尊き焔の子“焼尽の統治者(シアリング・ルーラー)

 強いね。流石はトーテス・トリープ家だ。」

「お褒めに預かり光栄ですわ。このまま特異魔術を引き出せなければ神童の名は返上しなければと考えていたところですので」


 あと、多分殺してしまっていたので、とは言えない。流石に不敬にも程がある。


(さて……)


 場が均衡した事でリリアーヌは警戒を緩めずも攻略法を思考する。王家の特異魔術、その火力が思った以上に強かったのは誤算だった。血を介して魔術を行う関係上、あまり蒸発されるのは健康的にもよろしくない。血を作りやすい体質ではあるものの、流石にすぐに全快と言う訳にはいかないのだから。並の炎では、先祖代々呪いを重ねたリリアーヌの血は焼けない。だが、流石に人の力で重ねた呪いでは最高位の精霊の火は防げないようだった。


(となると普段ならば血の毒の霧か、内部からの刺突だけど……)


 しかしその二つの手段は却下であった。致死性が高すぎる。幾ら魔術に耐性があると言え、数百年の歳月を重ねた呪いの毒や、身体の内側からの刺突に人の身で耐えれる筈が無い。


(…………?あれ?)


 そこまで気付いて、ある事に思い当たる。

 一つ案が浮かんだ。却下、即死である。

 もう一つ案が浮かんだ。却下、ほぼ即死である。

 さらに一つ案が浮かんだ。却下、即死はしないが医務室に間に合う保証は無い。


(あ、あれ?もしかして、え、そん、な……)


 気付けばパニックになっていた。流石に様子が変だと感じたのか、ルートヴィヒは警戒しながらも攻撃を加えたりはしない。だが、リリアーヌにそのような事を考える余裕が、無い。

 しばらくの逡巡の後に彼女が落ち着いたとき、そこには目元に零れんばかりの涙を蓄え、下唇を噛んで悔しさに身を震わせた姿。震える声でなんとかしぼりだしたリリアーヌは……


「………………こ、降参、ですわ」


 一つ、訂正をしなければならない。彼女の魔術が最も得意とする戦闘は命の奪い合いをよしとしない試合では無く、生きるか死ぬかの戦闘だということに。

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