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不穏

「ええ、本当? あなたの誕生日って、ディアナと近くなのね! ねえディアナ、こちらへいらっしゃいな」


 それは、エリーゼの主催するお茶会での出来事だった。人の誕生日を聞くのが大好きなエリーゼと、目じりの垂れた優しげな顔立ちの令嬢との会話は聞こえてはいたが、よく意味は分からないままエリーゼに手招きされてディアナもそちらへ向かう。


「ディアナ、こちらはロイバーツ男爵家のイヴリンよ」


 何度か夜会では見かけたことはあったが、話を交わしたことはない少女だ。イヴリンにもディアナを紹介した後、エリーゼは嬉しそうに言った。


「ディアナとイヴリンは同い年なの。それに誕生日も近いとなったら、なんだかわくわくしてこない?」


 こんな風に、自分のことでもないのに全力で喜んだりできるのがエリーゼに友人が多い所以なのかもしれない。ディアナも穏やかで話しやすそうなイヴリンに好印象を持ったのだが、なぜか彼女は思いつめたような表情をしている。


「――あの?」

「ディアナさま。エリーゼが今言っていたけれど……あなたの誕生日が私と近い、って。それは本当ですか?」

「え?」

「あなたの誕生日を、確認させてくださらない?」


 こんな固い表情で聞く内容だろうか、と思ったが迫力に気圧されてディアナは戸惑いがちに答えた。


「四の月の、十五日ですが」


 イヴリンの顔が目に見えてかげった。


「ディアナさまは、整色聖人の占いをご存じですか」

「せいしょく、聖人の占い? さあ――」

「あ、私、知っているわ。ほらディアナ、この前一緒に占ったじゃない」


 エリーゼにそう言われても、今まで彼女が手を出した占いは数知れず、ディアナは首を傾げた。エリーゼは近くの卓の上に積んであった本の中の一冊を手に取ってある頁を開き、ディアナに指し示す。それはエリーゼが愛読している月刊の占い雑誌だった。

 「あなたの整色聖人」そう書かれた頁には、剣を構えた戦士や曲がった杖を持った魔法使い、竪琴を演奏する女性などが神秘的な絵柄で描かれている。説明書きを見ると、古代の宮廷内で貴人が所属を表すのに用いられていたといわれる七色と、考案者発のこの王国の建国伝説にまつわる七人の聖人の職業。この二つを組み合わせたものが整色聖人の占いで、エリーゼと一緒に自らの整色聖人を誕生日をもとに導き出したのを、ディアナは何となく思い出した。


「ああ、これ……。私は緋の呪術師だったような」 

「そうそう。ちなみに私は翠の聖騎士よ。イヴリン? どうしたの?」


 放心した様子だったイヴリンだが、エリーゼの言葉に首を振ると笑顔になった。


「……なんでもないわ。翠の聖騎士と、緋の呪術師、なのね。二人はとても良い相性。そうやって仲良くしているのも納得だわ」

「まあ、あなた、なかなか詳しいのね」

「興味を持ったのはつい最近なのだけれど――」


 楽しげにエリーゼとイヴリンで会話をした後、じゃあ二人とも親交を深めてちょうだいね、とエリーゼが離れていった途端にイヴリンの顔から笑顔がすっと消える。


「本当に、何もご存じないのですか」


 イヴリンの鋭い視線を受け、わけもわからず首を振るしかないディアナに、彼女はため息をつき低い声で話しだした。


「ここ最近の噂なのですが、アレンさまはその整色聖人に傾倒していらっしゃるとか。なんでも、その日のご自分の行動は整色聖人占いの本に書いてあることを参考にして決めているそうです」


 ディアナはうまく話を飲み込めない。思ってもみない内容だった。アレンと占いが結びつくような出来事が何も思いつかず困惑するディアナへイヴリンは重ねて問いかける。


「最近アレンさまとお会いになったのはいつですか」

「ええと、一昨日ですけれど……」


 イヴリンはエリーゼが残していった占い雑誌を指差す。それぞれの整色聖人の今月の運勢が載っている頁だった。


「アレンさまの整色聖人、黒の賢者の一昨日の運勢の欄です」


 ○月○○日 全体の運気が下がる日。行動範囲を広げないこと。幸運情景 お茶会  幸運色 深緑


 知名度の低い占いなのだろう、雑誌がその占いに割く頁は少なく、その分一つ一つの項目は簡素なものだった。その中にディアナは気になる単語を見つけ、どきりとした。行動範囲、深緑、お茶会。一昨日はアレンとリリアナとお茶会をした日だった。その日王都からすこし離れた街で、工芸品の市が開かれていた。異国からの商人も多数出店する、と聞いたディアナは興味を持ちアレンを誘ってみたのだ。しかし彼はしばし考えた後、首を横にふった。


「今日はやめておこう。この曇り空だ。君の妹君と、この前会ったときにお茶会の約束をしたんだ。今まで実現しそびれていて……、その約束を今日果たすというのはどうかな」


 可愛い妹の喜ぶ顔は見たかったので、ディアナは特に何の疑問も持たず彼の提案を受け入れた。そしてお茶会で様々な茶葉が取り揃えられていた中、アレンが飲みたいと選んだのは、濃い深緑色のものだったのだ。彼が、一口飲むのにも勇気が必要な濁った色のそれをおかわりまでしていたのでよく覚えている。


 まさか、ただの偶然だとは思いながらも、ディアナはいくつかアレンの過去の行動を思い返してみながら雑誌の文字を目でたどった。幸運色が瑠璃色と書いてある日は、瑠璃色の飾り釦がついた服を着ていたし、幸運品に楽器と書いてある日は楽器店に誘われ、二人で出かけた。 

 彼の行動はどれも、黒の賢者のその日の内容と一致している。

 人の信条は自由だし、アレンが占いに一喜一憂して助言を実行していたかと想像すると可愛らしく感じる一方で、なぜそれを自分に言ってくれなかったのか。それに、イヴリンのどこか咎めるような眼差しに、ディアナの胸にかすかな影が広がってくる。


「ちょうどいいわ。ここに四の月の分もある。あなたに一番見ていただきたいのはこれです」


 イヴリンが取り出し開いて見せた、別の月発行の占い雑誌には、アレンとディアナが初めて出会った夜会が開催された日の黒の賢者の運勢が載っていた。


 恋愛運が最高潮に達する日。運命の相手に出会えるかもしれません。積極的に行動しましょう。

 幸運情景 ワルツ  幸運色 水色


 ディアナの水色の瞳を見て感慨深げに、綺麗な瞳ですね、そうアレンは言っていた。あれは二人でワルツを踊っているときだった。

 探していた何かがディアナの中に、すとん、と収まった気がした。

 美しい貴公子アレンにディアナが選んでもらえたのは、占いのおかげ。

 複雑な感情が込み上げたが、


「……きっかけは何であれ、アレンさまと出会えて目に留めていただいたんだもの。整色聖人には感謝しなければ」


 自分に言い聞かせるようにしているディアナに、イヴリンの顔がますます険しいものに変わった。


「何か思い違いをしていらっしゃいませんか。この運命の相手、と言う箇所。これは整色聖人の相性のことです」

「え?」

「こちらの頁にあるように、アレンさまの黒の賢者と最高の相性とされているのは、藍の詩人です。なぜ緋の呪術師のあなたが選ばれたのでしょう」


 さらに整色聖人の運命の相手の一覧表を見せられても、ぼんやりとしか頭に入ってこない。相性、言った覚えのないディアナの誕生日をアレンが知っていたこと、アレンがよく口にする「運命」……。かすかに感じていた違和感が、はっきりと不安という形になった。 


「ディアナさま、思い当たること、ございますわよね」



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