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池畔松下

作者: 史燕

ある池のほとりに、私以外誰も寄り付かないスペースがある。

厳密には誰も知らないというわけではない。

誰もが存在を知っているが、その存在を気にもしないのだ。


そのスペースには一本の松がある

他の木々に紛れてしまい、パッと見ただけではそこに松があることを気にしないほど小さな松だ。

その松の下で横になり、私は天を見上げた。

果てしなく碧い、碧い天だ。


その果てしない碧を遮る木々の中に、その松は……いた。

太い幹はたかさをそこそこに、肩身を狭そうにしながら木々の間を縫うように細い枝を伸ばして。

その細い枝に、申し訳程度に松子を実らせている、小さな小さな松だ。


「老松柏」といえば“長く久し”の謂いだが、この様からはとてもそんな印象を受けない。


(そういえば、松は植生の宜しくない場所に生えるのだったな)


ふと、そんなことを思い出した。

この場所は決して植生が悪いとは言えないのだが。


松は乾燥した砂浜や岩場であってもよく育つ。

そして、松が豊かにした土壌へほかの植物が入ってきて、植生がさらに豊かになる。

そうして豊かになったその場所から、やがて松は姿を消していく。


「そう考えれば、お前はもうお役御免じゃないか」


この松に口があれば間違いなく抗議してきただろうことを、平然と嘯いてみる。

必死に他人様のために働いて働いて、その後姿を消すというのが、この松にとってたとえ事実だったとしても……。


刻は移ろい、やがて薄明を迎えた。

碧い天は、茜色に染まっていく。


夕陽の光を浴びて、松子の影が私の顔に被さってくる。

細い松ヶ枝に比して、存外大きな松子だ。


それが、この松の精一杯の自己主張に思えて、なんだかひどく尊いもののように感じられた。


――刻は移ろう。

――万物は流転す。

そして、あるべきものはあるべき場所へ、やがてその姿を変えながら、在処を遷していく。

さながら、水の高きから低きに流るるがごとく……。


さりとて、今、ここに、私たちは“在る”のだ。

林立する木々の間でも自己主張するこの松のように。


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