悪意
登場人物の名前を変更しました
ララシーク→アストレア
アストレアと共に「死の街道」をセイグリッド領に向けて歩いている。色々と異世界の事について質問したかったのだが、ここに止まると再度追手を差し向けられる可能性がある為、アストレアが仲間と待ち合わせている「ホセの街」に移動しようということになった。
死の街道は禁忌の森近くにあり、魔物との遭遇率が高いため、基本誰も使わないらしい。そんな街道だからこそ、アストレアも逃走経路に選んだそうだ。
本来はヘルワンコのような魔物は森から出てこず、ゴブリンやオークのような割と弱い魔物が出てきて悪さをするそうだ。強力な魔物ほど森から出てこないらしい。
ヘルワンコも縄張りがあるらしく、一定の距離を進んだところで着いて来なくなった。結局、最後まで撫でさせてくれなかった。
撫でようとすると腹を見せて服従のポーズを取り
「勘弁してください」
という目で此方を見てくる。
嫌われている訳ではないようだが、少し悲しかったな。
その後ゴブリンやオークと何回か遭遇したが、俺が「じー」と見ているのが分かると、一瞬「ビクっ」として、そそくさと森の中へ帰って行く。「母親に悪戯が見つかった子供のような反応」といえばしっくりくるだろうか?
そんな事が何回か起き『死の街道』と言われ恐れられている道程は平和そのものだった。
「お前は本当に不思議だな。護衛の商売でも始めてみたらどうだ?ぼろ儲け出来るぞ。」
アストレアが冗談交じりに呟く。
(・・・元の世界に帰るのに時間が掛かるようならば、良い魔物使いの先生を紹介して貰おう。そうしよう。)
道中やる事もないので、お互いの事情を軽く語り合った。
アストレア側の事情なのだが、どうやら国の要職に就いていた親父さんが濡れ衣を着せられて罪に問われているらしい。
結果、両親は幽閉。アストレアも捕まりそうになったところを仲間の手助けによってなんとか逃げ出せたそうだ。
そして現在、親父さんの濡れ衣を晴らすために、協力者の元に向かう途中だそうだ。
何の罪に問われているかは詳しく教えて貰えなかった。その子供に追手を掛けて殺そうとする程の罪って相当だろう。それが冤罪ならたまったものでは無い。
そんなこんなで、帰るために異世界の情報が欲しい俺と、魔物に襲われず安全に移動したいアストレアとの間で利害が一致した。
・・・
どれほど歩いたか・・
それは、死の街道を抜けて「ホセの街」へと続く別の街道に差し掛かった直後の出来事だった。
「血の匂いがする・・・」
アストレアが血の匂いに反応し、臨戦体制を取る。魔物以外には全く無力な俺は、アストレアの背中をゆっくりと追いかける。するとそこには凄惨な光景が広がっていた。
大きな木に青い髪の少女が縛り付けられ、グッタリと俯いていた。
「生きている・・のか?」
恐る恐る近づいてみると、少女の状態は酷いものだった。体中に痣があり内出血している。自然に出来た傷ではなく、明らかに打撲痕だ。足には刃物で切られた傷があり、血が滲んでいる。何よりも凄惨なのが右手の中指と薬指があり得ない方向に折れ曲がっている。縛られた後、魔物に襲われた訳ではなく、人為的に暴行を受けた跡にしか見えない。
10代前半にしか見え無い少女が何故こんな理不尽な目に遭っているのか?平和な日本で育った俺は見た事の無い凄惨な光景に吐き気と怒りを覚えた。
「この耳・・・この子は獣人族のようだな」
アストレアが冷静に呟く。
(騎士と争っていたし、こういった光景は見慣れているのだろうか?)
横目でアストレアの顔を盗み見てハッとする。少女を見て歯を食いしばり、目には強い怒りと嫌悪の色が灯っていた。その様子を見て何故か俺はホッとすると共に、アストレアを「冷たいんじゃないか」と少しでも思った自分を恥じた。
(ん?今、獣人族と言ったのか?「人」以外の種族がこの世界には存在するってこと?)
確かに、よく見ると少女の頭から耳がピョコンと生えている。俺は疑問を口に出した。
「獣人族ってなんだ?」
俺の言葉を聞くと、先程までの怒りが霧散し驚いたような呆れたような表情をした。
「・・・お前は本当にどこから来たんだ?別の世界からじゃ無いだろうな」
アストレアが苦笑しながら言う。
(あ、正解)
「獣人族はその名の通り、獣の特性を残した人間だ。猫や犬、熊など様々な特性を持った獣人がいる。」
(犬、猫、熊!?地球にいた動物がこっちにもいるって、どんだけ生態系が同じなんだよ。)
「大陸の南に国を構えていたが、大昔の大戦で国が滅ぼされて散り散りになったそうだ。それからは大陸の各地で小さなコミュニティを形成してヒッソリと暮らしている。
基本的に人族よりも力が強いものが多く、大国の貴族が護衛として重宝している・・・護衛と言っても奴隷だがな。この子も奴隷として捕まって連れて来られたんだろう。」
(奴隷制度が存在するのか。それにしても・・)
「力が強い?こんな小さな女の子でもか?」
「人間の子供よりは強いだろうが、この子はそこまで身体能力は高く無さそうだな。」
「?じゃあ、どうして捕らえられているんだ?」
「獣人族は力に特化したものが大半だが、稀に不思議な力を宿すものがいると聞く。種族特有なのか、突然変異なのか分からんが、この子は恐らくその力目当てで連れてこられたのだろう。」
アストレアが憐憫の目を少女に送る。
「セイグリッド王国は獣人族を蔑視する傾向が特に強いからな。こういった目に遭った獣人族を何度も見て来た。
取り敢えず、この子の容体だが・・・」
(そうだな。まず、この子を何とかしてやらないと。取り敢えず医者か?)
「医者は街に行けば居るのか?」
医者が居ても、今の話を聞く限り微妙そうだな。金さえ払えば問題ない闇医者的な存在が居ればいいのだが。
「居るだろうが・・・この傷を治すのは不可能だろう。もう虫の息に近い。上級の回復魔法でも使えれば話は別だろうが、そんな奴は宮廷魔法師ぐらいだ。」
(魔法・・そう言えばワンコから逃げた騎士が「魔法師がー」とか言ってたな。という事は、この世界は魔法が存在する?)
「一応聞くが、アストレアは回復魔法は使えないのか?」
「無理だな。回復魔法は使えない。」
悔しそうに俯く。
(そりゃそうだ。使えるなら既に使っているだろう。考え無しの質問をしてしまった。うーん、どうしたものか・・あ)
「残念だがこの子はもう・・」
「回復魔法を使える魔物っているか?」
アストレアは一瞬ハッとしたが、直ぐに暗い顔に戻った。
「いる・・・が、回復魔法が使える魔物は・・・」
やっぱり使える魔物が存在するんだ。それならイケるかもしれない。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわ。」
アストレアの言葉の続きを聞く前に、森に向かって走り出す。急がなけば死んでしまうかもしれない。
「ちょっと待て!どうやって探す気だ!?しかも、この傷を治すレベルの魔物が簡単に見つかるわけ無いだろ!」
「すぐ戻る」
そう告げて躊躇なく禁忌の森へ入って行った。
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《アストレアside》
「行ってしまった・・」
とんでもない速さで森へ消えて行ったあいつを見て呆然と呟く。
(足速過ぎだろ・・こんな速度で走る奴、近衛騎士団でも見たことがない。)
イガラシ マコト・・・
本当に変な奴だ。出会って間もないが、一つだけ言える事がある。
あいつには常識がない。
大国であるアマルガールやセイグリッドの名前も知らないし、世俗にも疎過ぎる。
何よりも一般的な人族は、獣人族を助けようという思考を持たない。他種族を軽視し、自分達だけが特別と思い込んでいる。セイグリッド王国は獣人蔑視の傾向が特に強いが、他国でもその扱いは似たり寄ったりだ。
「私の事は見捨てようとした癖にな」
そうぼやくと自然に笑いが込み上げてくる。不思議と悪い気はしない。
「戦闘経験は無い」と言う割には、身体能力は高い気がするし、戦いの場に於いてやたらと冷静だ。何よりも、ヘルハウンドを飼い犬のように扱う魔物使いとしての素養は信じられないものがある。一体何者なんだろう?
(あいつの正体については、一旦置いといてだ。取り敢えずは・・)
私は少女へ近付くと、縛っていた縄を短剣で断ち切った。前のめりに倒れてきた少女を優しく受け止め、ゆっくりと地面に横たえる。
少女の呼吸音を聞いたが、やはり虫の息だ。あいつは助ける気だったが、上級回復魔法を使える魔物を見つけ出し、傷を治させるなんて夢物語もいいところだ。
回復魔法を使う魔物は固体として弱い為、警戒心が非常に強く人前にはまず現れない。残念だが、この少女が助かる事は無いだろう。
ならば、縄に縛られた無残な状態ではなく、大地の上で最期を迎えさせてあげる事が私に出来るせめてもの事だろう。
自己満足に過ぎないと自嘲しながら少女を眺めていると、街道の奥「ホセの街」の方から複数の足音が聞こえてきた。
隠れようと思ったが、少女を此処に置いていく事が出来ず、声が近づいて来るのをひたすら待った。
先ず目に付いたのが、良い身なりをした男だ。その周りを囲むように複数の男たちが歩いている。周りの男たちは恐らく護衛の傭兵か何かだろう。
段々と、こちらに近付いて来る。私の存在に気付いたのか護衛たちが鞘から剣を抜く。その距離が10メートル程になり、良い身なりをした男が詰問してきた。
「何故、それを開放している?」
「それ」ときたか。
近くで見ると、悪趣味な装飾品を首から下げており、体格は醜く肥え太っている。
「目の前で少女が縛られていれば、助けるのが人情というものだろう?人ではない外道には分からないかも知れないがな。」
それを聞いた悪趣味な男と取り巻き達は下衆な笑いを浮かべて言った。
「それは私の奴隷だ。獣の奴隷をどう扱おうが、お前には関係のない事だ」
「セイグリッドの王国法では、奴隷に対する不必要な虐待は認められていない筈だが?」
男たちは、一瞬呆然とした後、爆笑した。
「王国法!?奴隷に虐待は認められていないだって!?誰が守ってるってんだ!馬鹿じゃねえのか!しかもそいつは唯の奴隷じゃねえ、獣人奴隷だぜ!」
取り巻きの一人が大声で捲し立てる。
そいつの言う通り、王国法は建前上の話で、今回のような事が平然と横行している。特に獣人の奴隷には人権すら与えられていないのが実情だ。
ひとしきり笑った後、悪趣味な男が話を続ける。
「それは珍しい髪の色をしているだろう?昔読んだ事のある文献に『青髪の獣人は神々と交信し、人族を繁栄させる』との記載があったのだ。」
思った通り、獣人族の持つ不思議な力が目的だったようだ。たが、どの文献を読んだか知らないが、そんな能力聞いた事もない。眉唾ものだ。
「高い金を払って奴隷商から購入したのに、一向に力を見せようとしない。痛めつけてやれば能力を発揮すると思い、殴り付けて見たが何も変わらん。試しにそれの連れていた訳の分からん獣を殺したところ逆上して噛み付いてきおってな。
頭にきて禁忌の森近くの木に縛り付けてやったのさ。獣や魔物の餌になる前なら、命欲しさに能力を発揮すると思ったが、どうやら期待外れだったようだ。」
清々しいまでの屑だ。
もう黙って貰うとしよう。
「それにしてもコイツ男見たいな格好してますが、滅茶苦茶上玉じゃないですか!?」
「本当だ!たまんねえな!あの綺麗な金髪を掴んで、顔を歪ませてやりてえ!!」
手下の傭兵どもが盛り出した。こんな容姿をしている所為で男共の悪意に晒される事には慣れてはいるが、生理的な嫌悪感を抑える事はいつまで経っても出来ない。
「領主さん、やっちまっても構わないですか?」
「ああ、構いはしないさ。但し壊すなよ?こんな綺麗な金髪と青い目だ。奴隷としてコレクションにしたい・・・ん?金髪?碧眼?こいつの顔どこかで見た事が・・」
領主?聞き間違えではないだろうか?
私服を肥やす事しか考えず、他種族への偏見に満ちたこの屑が領主だというのか?
ああ、本当にこの世界は・・・
感情が黒く塗り潰されていく。
こいつらをどうやって殺してやろうかと考えていると・・・
ガサガサ
森の中から草木を踏み分ける音がする。
「ひっ!魔物か!?」
取り巻きの一人が悲鳴をあげる。随分と頼りになる護衛だな。
周囲が緊張で包まれるが、その緊張感を打ち消す間延びした声が響いた。
「おーい!戻ったぞ~」
(あいつだ・・・)
緊張感の無い声に、さっきまで抱いていた領主への黒い殺意が緊張感と共に霧散しそうになる。目当ての魔物が見つからないので一旦戻ってきたのだろう。間の悪いやつだ。『バカ!逃げろ!』と言おうとして、あいつの方を振り向く。
ん?あいつの隣でふよふよ浮いているのは・・・?