正直に
金髪少年へ飛びかかろうとしていたヘルワンコに向かって咄嗟に「お座り」と叫び、惨劇は回避された。こんな見目麗しい少年がスプラッタになるのは流石に寝覚めが悪い。
金髪少年が呆然とした顔でこちらを見ている。「お座り!」より「待て!」の方が良かっただろうか・・
そういう問題ではなさそうだ。
さて、第一村人・・ではなく、第一異世界人である彼には聞きたい事が沢山ある。
(何から聞けばいいだろうか?)
と思考を巡らせていると、彼の方から話しかけてきた。
「あなたは何者だ?」
・・・何者か。「高校生」「陸上選手」自分をカテゴライズすると、そんなところだろうか?。でも、この世界で「高校生」や「部活」の概念があるか疑問だな。『異世界で学生をしてます、五十嵐です。短距離走が得意です。』
・・・
駄目だ。怪し過ぎる。ただの頭がオカシイ奴だ。
「答えられないのか?」
金髪少年の俺に対する不信感が上昇していく。
いかん。何か言わなければ。
「えーと、、俺、いや、私の名前は五十嵐 真人。学生です。訳が分からないかも知れないですが、絶賛迷子です。」
うん。嘘は言っていないが、怪しいし意味が分からない。我ながら、もう少しマシな弁明は無かったのか。
「迷子?どういうことだ?」
(おっ、話は通じそう。ここがどこか聞いてみるか・・・)
「私は、『日本』という国の出身なんですが、意識を失って気が付いたらそこの森の中で倒れていました。『日本』という地名に聞き覚えはないでしょうか?」
(うん。嘘はいっていないぞ。)
「『にっぽん』?初めて聞く国名だな。」
頭を抱えたくなった。やはり日本はこの世界には存在しないらしい。
いや、まだだ。太陽は2つあるが、ワンチャンあるかもしれない。
「そうですか・・ちなみに、ここはなんて言う国ですか?」
(頼む、知っている国名を言ってくれ!『トルクメニスタン』とかマイナーな国であってくれ。トルクメニスタン人の皆さん、ごめんなさい。)
「ここは『禁忌の森』周辺の死の街道だな。国名でいえば『セイグリッド王国』と『アデルガーム王国』の中間地点でどちらかと言えば、セイグリッド王国側だな。」
(おお、、駄目だ・・・聞いたことねーよ。『禁忌の森』?『近畿の森』しか知らねーよ。近畿にそんな中世ヨーロッパみたいな王国ないよね。)
「あ、ありがとう。母国から『遥かに』離れた場所にいる事が分かったよ。」
数千キロじゃなくて、数千光年離れているかもしれない。次元が違かったら距離の問題ですらない。
『遠い目』をした俺を気の毒に思ったのか、金髪少年が話しかけてくる。
「そ、そんなに遠い国なのか?私も地理には詳しいつもりだが、日本という国は聞いた事がない。役に立てないようで済まない・・・
・・・ところで、もう1つ聞きたい事があるんだが?」
「・・・なんでしょう」
「私の目の前で『お座り』をしているヘルハウンドは、いや、ヘルハウンドなのか?こいつはお前の何なんだ?」
金髪少年は目の前のワンコに興味深々らしい。若干震え声だが・・・
まあ、殺されかけたしな。
「そいつとは、森の中で会ったばかりです。たまたま気が合った?いや、そいつが俺に気を遣ってくれるというか?そんな関係ですね。」
うん。これも嘘じゃない。が、聞いている方は訳が分からないだろう。
「そんな馬鹿な!?」
(まあ、そうだよね。俺もよく分かってないし。)
「・・・例え貴方が優秀な『魔物使い』であっても、魔物を手懐けるには、子供の頃から『薬』を使い、長い時間をかけて調教しなければならない。それを『さっき会ったばかり』の、しかもヘルハウンドのような『強力な魔物』を手懐ける魔物使いなんて聞いた事がない!」
「ぐるる、、」
俺に『危害を加えそう』と思ったのか、ワンコが金髪少年を威嚇する。
「くっ!」
突如襲い来る災害クラスの魔物の殺気に臨戦態勢を取る金髪少年。
「これ、やめれ。」
ワンコに声を掛けると
「くーん・・」
と、一鳴きし『伏せ』の体勢を取る。
(だって、貴方の事を否定しようとするから。)
と言っている気がする。なぜお前はそこまで俺に忠犬精神を見せるのか。
「・・・信じられない。あのヘルハウンドが人に飼い慣らされるなんて・・」
柔順な態度を取るワンコに驚きを隠せない金髪少年。確かに地球にいた時は「好かれる」だけで、こんなに従順に意思を汲んでくれる事はなかった気がする。
「昔から特殊な体質でして、よく動物に懐かれるんですよ。まあ、こいつも騎士たちを追っ払ってくれた訳だし、詮索はなしって事で?」
金髪少年がはっと我に返る。
「すまない。命を助けてくれた恩人に対して不誠実な態度を取ってしまった。許してほしい。」
俺の前で膝を尽き頭を垂れる。凄く洗練された動作で見入ってしまった。
「ちょっ・・!やめてくださいって!追っ払ったのは、このワンコです。俺は何もしてないです。それに・・」
「それに・・」
「・・・大変言い難いのですが、私は貴方を見捨てるつもりでした。」
「へっ?でも助けてくれたではないか?」
少年が疑問の声をあげる。
「いえ、見捨てる気満々でした。私にあの場をどうこうする戦闘技術はないですし。『たまたま』そのワンコが私にネズミを持ってきまして・・・それに驚いた私の声で騎士たちに存在を気付かれましてね。害意を向けてきた騎士をこいつが蹴散らしただけです。」
(・・・なんて酷いやつなんだ。ごめんなさい。無理です。
フル装備の騎士10人相手に戦う勇気はないです。)
「では・・私が助かったのは、そのヘルハウンドの『たまたま』の行動のお陰だと?」
「そうですね。私は己の命が1番大事な小市民ですから。言い方は悪いですが、身ず知らずの貴方を、命を賭けて助けようとは思わない。助かったのは只の偶然で、強いてあげるなら『ネズミ』のお陰ですかね。ネズミがいなければ声も上げずに、その場を立ち去っていたでしょうから。」
(本当に酷い言い草だな・・もうちょっとオブラートに包んだ方がよかっただろうに・・・異世界に来て俺自身相当参っているみたいだな。)
「そうか、偶然か・・」
金髪少年が下を向いて、小刻みに震えだす。怒っているのだろう。そりゃそうだ。見捨てる気満々だった話を聞かされれば、誰でもそうなる。
「く、くくく、、ははは!」
あれ、突然笑い出したぞ。
「見捨てるつもりだったって!正直過ぎるだろ!ハハッ!」
ツボに入ったのか、お腹を抱えて笑っている。
「いささか正直過ぎるかなあ・・とは思いましたが、そんな高尚な人間じゃないですし『助けるつもりで、助けた』と思われたままだと、恩に着せているみたいじゃないですか?本当は見捨てるつもりだったのに。」
「それなら黙っていて、そのまま恩を着せれば良かったじゃないか、、くく、、それを『ネズミ』のお陰って・・!」
「ああ、それもそうですね。じゃあ恩に着てください。実は今、相当困ってるんですよ。」
そう。超困っている。コンパスも水も持たず砂漠に置き去りにされている気分だ。さらには「ここ地球じゃないけど頑張ってね。てへ✩」と言われたような心境だ。無理ゲー過ぎる。
「く、もうダメだ!くっははは!いったそばから恩に着せるって!」
金髪少年は心底楽しそうに笑った。
暫くして、笑いの発作が治まったようで
「いやー笑った。こんな正直で『変てこ』なヤツは初めてだ。」
と目尻に涙を溜めながら言った。
「俺も、見殺しにしようとした事を正直に話して爆笑されるとは思わなかったよ。・・・です。」
思わず敬語が崩れてしまった。初対面でタメ語で話すのは難しい。
「わざわざ敬語を使わなくていいぞ。年も近いだろう?私は18だ。アデルガームでは『おべっか』ばかり使われて、本音で喋ってくれる奴がいなかったからな。こんなに裏のない言葉を聞くのが心地良かったんだ。確かに、見ず知らずの人間に命はかけないよな、くく」
(18ならタメか・・おべっかばかり使われていた?)
「敬語はおいおい・・てことは、それなりに地位の高い人間なんですかね?」
「・・・ああ、それなりの地位の人間かもな」
俺の顔を見て、満面の笑みを浮かべる。
一瞬ドキッとした。
あれ?こいつの顔、整っていると思ったけど本当に女みたいだな。いかんいかん。俺はノーマルのはずだ。
「そういえば、私の自己紹介がまだだったな。」
金髪少年は居住まいを正すと、何かを決意したように真面目な雰囲気になった。
「私の名前はアストレア・レム・アデルガームという。アストレアと呼んでくれて構わない。」
少し緊張した声音で俺に自己紹介をした。
何を緊張しているか分からないが、俺は気になっていることを聞いてみた。
「アストレアさんね。俺も『真人』でいいや。
よろしく。それで一つ聞きたい事があるんだけど?」
「どうした?」
アストレアの声はやはり緊張している。
「こんな事を聞くのは失礼だと思うんだけど・・・」
「なんだ・・?」
真剣な目で俺を見る。
「アストレアは男か?女か?」
(聞いてしまった。男にしては女性的過ぎる気がするんだよな。)
アストレアは先程まで纏っていた真剣な空気を霧散させ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
(あ、やばい。やはり失礼過ぎたかな。)
と反省していると
「ぶはっ!」
と、アストレアが吹き出し、今日一番の笑い声が聞こえてきた。そして、笑いの発作が治ると、笑顔でこう言った。
「くく・・ああ、俺は男だよ。」
何がそんなに可笑しいか分からないが『男』という事でファイナルアンサーらしい。この顔と綺麗な金髪で男とか・・・どんだけイケメンなんだよ。一瞬ときめいちまったじゃないか。
ぶつぶつ文句を言っていたため、この後のアストレアの呟きは聞こえなかった。
「ごめんな。本当にお前は遠い遠い場所からやってきたんだな。」