プロローグ2
競技場の端に見えていた白い靄が、一瞬で爆発的に広がり、体験した事のない光量が降り注いだ。
「うわっ!」
失明する!と思い、咄嗟に目を閉じた・・
どれだけ時間が経ったか分からないが、目蓋の裏で感じる光量が弱まった為、恐る恐る目を開いて見る。
真っ白な天井が見えた。
どうやら、白い部屋?の中にいるらしい。競技場にいた筈が、気づけば白い部屋で横たわっている。訳が分からない状況だが、頭にうっすらと靄が掛かっているため、焦りや、危機感は不思議な程湧いて来なかった。
(ゴールして、ウイニングランしようとしてたのに・・
どうしてこうなった・・・宇宙人にでも拉致されたのか?)
体を動かそうとしが、一切動かない。まるで金縛りにあったようだ。
眼球すら動かない。
(これは本格的に困ったな・・)
などと暢気に考えていると
((・・めんなさい))
どこかで聞いた事のある?もの悲しく、懐かしい声が頭の中に直接響いた。
(なんで懐かしいと思ったんだ?聞いた事ない筈なのに・・)
そんな事を考えた瞬間、突然白い部屋が消え、宇宙のような漆黒の空間に放り出された。
(うお!ちょ、ま・・・!!!?空気!)
視界がぐるぐると目まぐるしく変わり、銀河のような星々の間を高速で駆け抜けていく。あまりの展開に意識が飛びそうになったところで、唐突に移動が終わり、目の前に「地球」が見えた。その地球がどんどん近づいてくる。
(あれ?地球にしては大陸の位置がおかしいような・・?)
日本列島も、ユーラシア大陸もない。という事は地球じゃないのか・・
ここで視界が暗転し、意識が途切れた。
・・・・
意識が回復すると、森の中にいた。全くもって訳が分からない。
(もう勘弁してくれ。夢なんだから早く覚めてくれー)
更に訳が分からない事に、森の中には俺と「同じ髪の色」をした青年が立っていた。青年が森の中を進んでいくと、見た事のない巨大な樹の下に透き通った池が広がっていた。見事な光景だが、俺の目は樹の下の「銀色の生物」に引き寄せられた。体を丸めているが5、6メートルはありそうな巨体から翼が2本生えている。腕からは、どんなものでも切り裂きそうな爪が伸びており、口からは鋭い牙が突き出ている。空想の中でのみ存在する「竜」がそこにいた。
俺が想像していた竜は、蛇のような鱗に覆われ、どちらかと言えば黒に近い色をしていると思っていた。さらには攻撃的で、本能に訴えてくるような恐怖を振りまく存在だと思っていた。だが、目の前の竜は全く違っている。
鱗は無く、柔らかそうな銀色の毛が体を覆っていた。危険だと感じる事はなく、逆にどこか懐かしく、優しい気持ちになった。青年は銀色の竜に向け、ゆっくり歩いていくと、慈しむように竜の首を撫でた。竜も一声鳴くと、甘えるように青年に頰摺りした。青年も、竜もお互いに認め合っている事がよく分かる。まるで1枚の絵画のような光景に言葉もなく感動していると、ノイズとともに「場面」が切り替わった。
(またか・・なんだろう、映画?いや記録映像を見せられている気分だ)
今度は戦場だろうか?周りには、肉が腐った匂いが漂っていた。
遠くから地鳴りのような音が聞こえてくる。音の方向に目を向けると、中世ヨーロッパの騎士のような甲冑に身を包み、体の2倍程の長い槍を持った集団がこちらに近づいてくる。1000や2000ではない。恐らくは10000人以上いるだろう。歩兵だけではなく、騎馬隊もいるようだ。
(ん?そこに立っているのは、さっきの青年か?)
先ほどの青年が傷だらけで立っていた。竜と戯れていた時の笑顔はなりを潜め、一点を見つめ微動だにしない。青年の視線の先に目をやると、銀色の竜が横たわっていた。竜の目は虚空を見つめ、体中に何十本もの矢を突き立てられ、血を流し、どこからみても絶命していた。
夢の筈なのに、青年の気持ちが自分に流れ込んで来たかのように、どす黒い感情が胸の中を暴れ回る。
目から光りを無くした青年はふらふらと軍勢に向かって歩いていく。一際目立つ鎧を身にまとった騎士が一人で向かってくる青年を見て哄笑を上げる。哄笑を上げた騎士が何かを叫ぶと、軍勢が青年に向かって一斉に矢を放つ。1000を超える矢が青年に向かって迫りくるが、青年に矢が突き刺さる事はなかった。青年が右手を振るった瞬間に矢が全て掻き消えたのだ。その後、何度か弓を放つが結果は全て同じだった。無駄と悟ったのか、軍馬の群れが青年に向かい突撃する。
まさに軍馬の大波が青年を飲み込もうとした瞬間、青年が無造作に手を振ると、目の前の軍勢は一瞬で物言わぬ肉塊となった。肉塊を踏みしだき、青年は敵を蹂躙していく。先ほどまで、青年を馬鹿にしていた敵方は大混乱し、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
許しを請おうが、神に祈ろうが、青年は蹂躙をやめなかった。
血の涙を流しながら、狂った叫び声を上げながら、人を馬を壊していった。
暫くすると、青年の前に動く物は何もなくなった。
青年は、ふらふらとした足取りで、銀色の竜の亡骸まで歩み寄ると、大樹の元でそうしていたように、竜を慈しむように撫で、何事かを語りかけた後、青年は腰にあった短刀で自らの首を搔き切った。
その瞬間、俺の意識は深い海の中へと落ちていった。