怠惰の代償
爆発。
ぬくもり。
噎せ返るほどの鉄のにおい。
鮮やかな命の色が、拍動に合わせて外へ流れていく。
なんで、何が、え?
あれ?
ちょっと待って、なんで、え?
頭が回らない。
まともな思考ができない。
脳が理解することを拒んでいる。
だって、こんなのおかしいでしょ?
どうして私が無傷で、ディン兄様がちまみれで。
血まみれ、で…?
「あ、ああ、」
その顔の左側にざっくりと走る切れ目に、手を伸ばしたのは、多分、無意識。
けれど、その右手は何にも触れることはなく。
ひとつだけになってしまった海のいろが、唐突に閉じられる。
紫紺の髪がふらりと揺れる。
ぷつんと。
電源が落ちたように。
糸が切れたように。
兄様の体が倒れかかってきて。
「あ…う、」
じっとりと生暖かいものが服に染み込んできて。
喉が引きつって、声とも音とも言えないものが漏れる。
何とかしなきゃ、と漸くそう思ったのに、脚も、腕も、震えて動かない。
兄様の苦しそうに繰り返される息につられて、自分まで呼吸が荒くなっていった頃。バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。かと思えば、間がそれほど空くことなく、ドアが力任せに開かれ。
兄様の頭越しに、酷く驚いた顔のルカと目が合う。
「るか、」
口を開いたのはほぼ同時。けれど、言葉が出たのは私が先だった。
「ルカ、ルカ、どうしよう、ルカ、ディン兄様が、どうしよう、兄様、にいさま、が、」
しんじゃう。
言葉と、恐怖心と、涙と、全部が一斉に溢れだす。
唖然としていたルカは、ぎっと奥歯を噛み締め、
「マイラ!」
「知らせて参ります!」
ぱっと身を翻して走り去るマイラ。その後ろで青ざめてるのは、ああ、メイアも居る。
同じような真っ青な顔で、二人が足早に近付いてくる。
「一番ひどい傷は…」
「え、顔に、左側、」
一番酷い傷?まるで他に傷があるみたいなメイアの言い方に、今一度兄様に視線を戻すと、
「あ、あ、うそ、」
腕に、脇腹に、小さいとはとても言えない傷が幾つも。そのすべてから赤が滲み出ていて、
「血…血、止めないと、」
力の入らない脚を無理矢理立たせようとして、
「バカルナ、そのまま兄様支えてて!」
ルカの鋭い声に身を固くする。その間に、ルカは部屋のあちこちに散乱するベッドシーツやカーテンの切れ端を集めてきてはメイアに渡す。メイアは幾分ぎこちないながらも的確にそれらを兄様の体に巻いていく。
巻いたそばから、純白の絹が瞬く間に赤く染まっていく。徐々に兄様の体温が下がっていくのが解る。
「…しなないで、」
祈りと言うにはあまりにも稚拙で、願いと言うにはあまりにも単純な、だからこそ心からの、言葉だった。
「…お嬢様、きっと大丈夫ですよ。奥様ならば、どんな怪我でも治してくださいますから。」
その声がよっぽど悲痛に響いたのか、メイアがそっと話しかけてくる。それに視線をやるでもなく、ただ機械的にうん、と呟く。
頭の片隅、一周回って冷静な自分が、それってフラグって言うんだよ、なんて嘲笑った気がした。