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攻略対象の事情。  作者: 冬晶
ルナ・グレイスコールという私
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10月、カフェテリアから自室

 

 呆然、放心、呆気にとられる。あれなんかこんな感情少し前も味わったような。

 からからから、と乾いた音をたてて空回りする思考を遮る様に、カラン、と澄んだ鐘の音ひとつ。昼休憩終了の合図だ。次の本鈴までに移動しなければ。この時ほど時間経過の容赦無さに感謝したことは無いだろう。


「…移動しようか。次は実技実習だったよね。」


 いつの間にかすっかり片付けられていたテーブルを後にしようとして、立ち上がる。ルカからは案の定、下手な時間稼ぎだと嘲笑うかのような視線を受けたけれど気にしない。気のせい気のせい。

 久々に所属混合の実習だ。せっかくだから一試合どうだろうとルミィに誘いをかけるも、返答は煮え切らない。はて、ここの所何か考えているようだったし、さっき返答を濁したのも、別に原因があったのだろうか。

 内心で首を傾げて、しかしいきなり尋ねるのも無遠慮が過ぎるかと傾げていた首を反対側に倒して。言葉をかけあぐねているうちに、足音。


「エディスは星付き候補の課題でオレと別課程だ。」


 見ればイメラが歩み寄ってきていた。そうなの、とルミィを見れば、やはりぎこちない微笑でそうだと頷く。アレ(・・)からまだ一週間経つかと言ったところだ、まだ男性ばかりの中に居るのはきついのではないだろうか。


「ごめんね、せっかくの機会だけど、」


 そう言ってイメラの方へ小走りで向かおうとするルミィの手を、ほぼ反射的に掴む。


「…無理は、してない?」


 束の間、彼女は目を見開いて、それからゆるゆると淡く笑んだ。


「私も、強く、在りたいから。」


 澄んだ湖の色は陽を受けて輝き、それが紛れもない本心であることを示す。それならば私が止めるべくもない。


「エザフォスティマ様が無茶言って来たらちゃんと言うんだよ。」

「随分な言い様だな?」

「友人の身を案じるのは当然のことではありませんか?」

「…お前はそういう顔をするとルカと瓜二つだな。」

「双子ですから。」


 これくらいの冗談に乗ってくれるようなら問題は無いだろうと一人納得して、二人と別れて実技棟へ向かう。

 それにしたって異性と二人っきりなんてよく所長も許可をしたものだ。いや、二人っきりとは限らないのか?けれどそれはそれでルミィのメンタルが心配になってくる…それこそ所長が許さないだろう。と、なると、だ。


「…私はとても野暮な横槍を入れたのかな?」


 ぽつりと呟けば、ルカには盛大な溜め息を吐かれ。フィーにはやっぱりこの子は解ってなかったかとでも言わんばかりの生暖かい目で見られる。


「アンタのそれは本当に…別の封印魔法でもかかってるんじゃないの?」

「…そうかもしれない。」

「お前は何を言ってるの。」

「納得しないで頂戴。」


 転換と封印の二重魔法による副作用かもしれない、と半ば本気で思ったものの、両隣から放たれた鋭利な冷たいツッコミによって希望はあえなく潰える。いや私そんな鈍感じゃないはず…


「思い至るのが一拍遅い事を鈍感と言わないのなら今頃この言葉は消えて無くなってるだろうね。」

「わざわざ音にしないでよ余計悲しくなるから。」


 半身からの容赦ない追撃に視界が滲むのにもできれば気付きたくなかったよ…無理な話か…。

 そんな悲しみを消化するためにも授業では無詠唱でどこまで魔法が使えるかをルカと競った。担当教諭からやり過ぎだとさり気なくお叱りを受けた。人生儘ならない。


「ただいまメイア…」

「お帰りなさいませお嬢様。お部屋をお間違えにはなりませんでしたか?」

「…人生儘ならない…」

「お嬢様?」


 少しからかいの含まれていた声が一転、本気で心配するような響きになって。慌ててそうじゃないと弁解し、上着を渡す。帰る寮を間違えたりはしなかったのだ。フィーのエスコートのお蔭で。エスコートの、お蔭で。

 この気持ちを何と言おう。決して不快ではないのだ。照れ臭いのとも少し違う。すわりが悪い、というのが一番近いがやはり違う。傍目から見なくても、彼の態度はさほど変わっていない。完全に受け取る側(わたし)の変化だ。自意識の過剰さを自覚している上での羞恥とでも言えるだろうか。


「…ルナ様にはどなたか、想う方がいらっしゃるのですか?」


 室内着を整え終わったところでメイアに問われ、きょとりと瞬く。想う方。想い人。そういう意味で好きなひと。


「…………いや…?」

「そこまで心底不思議そうな顔をなさるとはさすがに思いませんでしたよ。」


 メイア曰く、他に好きな人が居るから応えられないのだと思っていた、そうで。


「そういった事情ではありませんのね。」

「そうだね。」


 ではなぜ?とばかりに首を傾げる彼女に、私もはてと首を傾げる。何故ってそりゃ、


「公爵家長女が自分の意思で嫁ぎ先なんて決められないでしょ。」


 いくら自由恋愛からの婚姻が一般的になってきているとは言え、仮にも皇族の血が入っている娘だ。そう簡単にほいっとどこかの家にくれてやるわけにもいかないだろう。ましてこちらはこの学園を卒業したいなんて大層な我儘を聞いてもらっている身だ。それ以上を望むなんてどうしてできようか。

 まあ、長女とは言ってもルカが居るから前とは違ってお家存続の為に、というプレッシャーを背負わなくて良い分、気は楽だけども。


「それ、は、どなたかから、お聞きになったのですか…?」


 珍しく表情を強張らせたメイアが言う。ああ、やっぱりここでもこういうことは娘が言うべきことじゃなかったか。


「デビュタントの準備をしてるんじゃ、なんてルカが言ってたから。」


 苦笑してそう話を逸らせば、彼女もほっと息を吐く。


「ああ、ではマイラがうっかり口を滑らせたのでしょうね。」

「…んん?」

「現在はお呼びする方々のリスト作成とお嬢様のドレス案までが決まっておりますよ。」

「待って。」


 にこやかに告げられた衝撃の事実に思わずストップをかける。

 リストアップはまだいいとしてドレス案てなんだ大体サイズなんて一体いつ……ああ測ったじゃないかつい最近!制服仕立てる時!とんだ個人情報流出だなぁ本当に!というかもしや制服仕立ててくれたところって普通に普段ドレス作ってるところですかそうですか!!


「え、待って、本当にやるのデビュタント?」

「勿論のことでございます。」


 にっこり、にんまり、してやったり。とてもいい笑顔でメイアは頷く。そうだね、貴女さっき“マイラが口を滑らせた”って言ったものね。内緒で全部進めていく気だったんだね父様母様…!


「そういう…そういうのって、将来のためにもイチから本人がセッティングするものじゃなかったっけ…?」

「本来はそういった意味合いも多く御座いますが、なにぶんお嬢様は事情が事情ですので。」


 奥様が相当張り切っていらっしゃいました、と。いやまあ気持ちは解らんでもないよ。一生できないと思っていた娘のデビュタントがやれるってなって嬉しくなっちゃった母様の気持ちは解らんでもないよ。でもさ、でもさ!


「せめて一言ない…?」

「あの子には今自分がすべきことに集中してほしい、と仰っていましたよ。」

「それも本心だろうけれど!」


 それ言った母様の背景絶対生地見本と型紙草案で溢れ返ってたでしょ!既に八割がた計画練り上がってたでしょ!

 …と、いまさら言ったところで後の祭り。ええ、それも十分わかっていますとも。十年ほど離れていましたがそういう所が変わっていないことはこの間の対談で身に染みましたとも。もうこうなっては仕方がない。


「…デザインの要望は通りますか。」

「では今週末はお屋敷に戻りましょう。今五つほどに絞って細部を詰めている所ですので。」


 ギリギリセーフ!!!と叫ぶのを何とかこらえた私を誰か褒めて欲しい。




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