10月、カフェテリア
正直に言おう。覚悟が足りなかった。言い訳をするならば、これは完全に想定外だったのだ。
「昼の君のご機嫌も麗しく、グレイスコール嬢。」
にこりと人好きのする笑みを浮かべてその人は言う。が。ぶっちゃけよう。
「誰だお前」
「やあ、これは申し遅れました。アチェアロ所属フィズ・ヴラフォス、階級は8です。」
彼がその紫陽花のような鮮やかな紫の瞳を和ませて一礼すれば、夕焼け空にも似た赤茶の髪がさらりと流れた。
「あー…何時だったかイメラからの手紙にちらっと書いてあったような…?」
少し目を伏せる、からの、頭を右に三十度ほど傾けて、少し不安、の顔を作る。
「なんと、ご存じでいらっしゃいましたか!これは光栄。とは言えあれを継ぐのは兄ですがね。」
「そうか解ったそれより本題を話せ」
傾げた頭を元に戻して、ぱしぱしと瞬き。
「鉱石を採掘してからの加工や流通を一部任されることになりますので、それについてを。今でも幾らか紹介できる職人が居りますので、もしご入り用であればいつでも仰ってください。」
「その意気は買おう。だが今は相手にしている暇は無いんだ見ての通り昼食中なんだけど?」
口角を2cm、上げてからすぐに戻して、眉を1cm下げる。残念です、という顔になっているはず。ぐ、と隣からうめき声が聞こえる。
「如何されました、グレイスコール殿?」
「…いや、」
それだけ言って黙り込んだルカに、ヴラフォスの彼は一瞬怪訝な視線を向ける。が、気にしないことにしたのだろう。瞬きの内にまた元の笑みに戻った。
「落ち着いてから、と言いますと、それではまだ探し人は見つかっていらっしゃらない…?」
「こうやって無駄に話しかけられる所為で動けないからね。」
口角を2cm…もう上がらないから1cm下げて、しょんぼり顔。ほっぺがピキピキしてきたよコレ明日筋肉痛になるんじゃないの世のご令嬢方よくもまぁあんなににこにこ出来るね!
「それは残念なことです。私でお力になれるのでしたら、何か…」
「間に合ってます。もうしばらく尋ねて回ろうかと考えていますから、その後に。」
「ええ、喜んで。おっと、お食事を中断させてしまい申し訳ない、それではこれにて。」
そうして爽やかに去って行った彼の後ろ姿が見えなくなってから、一息。
「…面倒くさい。」
おっと。息だけ吐いたつもりが、本音まで一緒に転がり落ちた。と同時にとうとう堪えきれなくなったルカが噴き出す。テーブルをバンバン叩きそうなその勢いに、向かいに座っていたルミィがぎょっと身を引く。
「え、なに、ルカどうしたの?ルナそんな変なこと言ってなかったよね?」
「はぁ?変なこと?全部、っふ、可笑しいでしょ、お前あれ、」
「…うん、まあ、ルカはよく我慢したと思うよ…」
過呼吸にもなろうかという勢いで笑い続けるルカに、なんだかもういろいろと諦めの思いが勝ってきて、投げやりに乾いた笑みを漏らす。
げんなり、げっそり、心底うんざり。今の心境はまさにこれに尽きる。この数日で一体何人の胡麻擂り機を打ち払っただろうか。数えたくないし思い出したくもない。いやまあこれからグレイスコールの末端を担うものとして、こういう社交が大事なのはわかっているのだが。それにしたってこの数は何だ。想定以上にも程がある。
「女だから何とか取り入ることが出来るって考えてるのが三割、疑われる前に潔白を示そうとしてるのが五割、疑いと品定めが一割、興味本位が一割ってところね。」
案の定、と言いたげなフィーになんと返していいのかわからないまま。飲み込んだグリンピースの冷静スープが、やけに青臭い。ルカが笑ってくれるのがむしろ救いだとさえ感じる。
確かに、この状況でフィーから告白なんてされたらキャパオーバーで大失態を演じるか、焼き切れた脳内回路がやけっぱちの結論を出すかしていたかもしれない。
「本当に世のご婦人方はよくこんなの捌いて優雅に笑ってられるよ…」
ぼやいた声が思いのほか弱弱しくて、そのまま溜め息になる。ぐしりと刺したフォークは、けれど易々とチキンの間を分け入り野菜たちを縫い留めてライ麦のパンを貫通する。頬張ればバルサミコの酸味が目立つばかりだったけれど、まさかこんな日が来るとはなぁ。なんて思いは、言葉になる前にもう一口オープンサンドを押し込んで飲み込む。
スクランブルエッグも、ミルク粥も、クルミのタルトも、あんなに美味しかったのに。
「…参考までに訊きたいけど、ルミィはパーティーとか、どうしてるの?」
「、え、あ、私?」
「?うん。」
「ああ、ええと…私は、その、あんまり真面目に対応してないから…」
わさわさと皿の上を平らげて、どうにか全部胃の中に送り込んでからルミィに問う。彼女にしては随分歯切れの悪い返答に首を傾げるも、申し訳なさそうに返された言葉にああと頷く。低好感度維持が今までの目標だったもんね、そりゃ仕方ない。
「…でも、ルナはそうも言ってられないでしょ。」
ようやく笑いの発作が治まったルカが、それまでとは違う笑みを浮かべて言う。
「解ってるよ。」
「そう?じゃあ、デビュタントのドレス、どんなのがいいか考えてある?」
「………はい?」
呆気にとられてそれしか言えない私に、やっぱりねとルカが笑った。
「…デビュタント。」
「そう。」
「………え、私やるの?」
「やらないでいられると思ったの?」
「ほら、もう年齢的に…」
「まだ範囲内だから大丈夫。」
「……嘘ぉ。」
「今回のごたごたがあったからね。父様も母様も今年度末までは言い出さないだろうけど、準備は進んでるんじゃない?」
「…うそぉ。」
全く考えてもみなかったイベントに、思わず風船から抜けた空気みたいな声が出た。
デビュタント。社交界。ドレス着て踊って?え、私がやるの?ダンスなんて男性パートしか踊れないよ?え?本当に言ってる?




