10月、彼の望む今
「アタシが父様ときちんと話を付けたいって言い出したのは、それが切っ掛けよ。」
アンタ妙に気にするものだから納得させるの一苦労だったわ、と。そう語るフィーの顔は、言葉とは裏腹に、そして今訊いた彼の心情から察するところとはかけ離れているような、穏やかな笑みだった。
「そう、だったんだ。」
晴天の霹靂。鳩が豆鉄砲を喰らったよう。瓢箪から駒…はちょっと違うか。正直に言ってしまえば、相手間違ってない?
さすがに、言わないけれど。それはあまりにもフィーに対して失礼だ。けれど、そうするとこの場合どう返事したものだろうか。前にも今にも全く経験の無い事だし、想定すらしていなかった。
どうにも口を開けないでいると、フィーはそんな私の心中などお察しのようにくすりと笑う。
「無理に言葉探さなくてもいいわよ。解ってるから。」
言われて思わずう、と唸る。なるほどこの場合沈黙は否定になるのか…
「…総合実習の時、試合の後少し話したでしょ。それで、ああ気付かれていないんだって改めて実感したわ。」
「その節は…何とも酷なお願いをして…」
「まったくだわ。アンタが本当は女だってわかって、ちょっと希望を持ったところにあんなこと言われて。それでも気合を入れ直した矢先にグレイスコールの長女だなんて聞かされて、卒倒するかと思ったわよ。」
アタシって見る目ありすぎじゃない?そうやって冗談めかしてはいるけれど、きっと彼の本心なのだろう。それを思うと、今までの彼の行動の違和感も薄れる…というか私本当にひどい対応してたんじゃなかろうか…
けれど、ここで謝ってしまうのは、それこそ彼の気持ちを拒否してしまう気がして。かといって、このまま曖昧に濁す気なら、そもそもフィーはこんな話をしないわけで。
「フィーの、その好意には、応えられない。」
ようやく音に出来たのは、そんな飾り気も気遣いもない言葉。だというのに、彼は笑う。すっきりしたと、笑うのだ。
「一度きちんと伝えておきたかったのよ。」
なぜ、と声に出さずとも顔に出ていたのだろう。フィーはそう言いながら歩みを再開させる。
「アタシはアタシで、色々考えていたんだけど。アンタあんな宣言しちゃうし…妙なのに絡まれる前に、アンタが冷静なうちに、言っておきたかったの。」
なんとなく隣に並び辛くて、二歩後ろ。ここからじゃフィーの顔は見えない。
「それに、ここまで言っておけば、アンタもちょっとは意識してくれるでしょ?」
彼は軽やかに振り返って、ぱちりと片目を閉じてみせる。…うん?
「それは…どういう意味で、」
「まだ諦めてないって意味よ。少なくとも、アタシに嫌悪感があるわけじゃないんでしょ?」
「そりゃないけど、でも。」
これからのフィーの厚意が全部そういう意図があってのことだと勘繰ることになると伝えれば、あっさりと、今までもすべてそうだったと答えられ。思わず唖然と足を止めた私の右手を取って、彼は言う。
「アンタに見て欲しくて、アンタを支えたくて。アタシはずっとそうやってきたの。変わるのはアンタの見方であって、アタシは何も変わらない…ちょっと方法は露骨になるかもしれないけれど。」
卒業までは粘らせてもらうわよ。言葉と共に、掌に何か冷たい感触。おそらくアクセサリーだろうそれを突き返すこともできずに、そっと握り込む。いや、ほんとに、こういう場合ってどうしたらいいんですか誰か答え持ってませんかふった後の友情って続くんですか慕情に友情で返して成立するんですか誰か!これ!どうするべき!?
フィーの顔も見れず、かと言ってもらった物を確認する気概もなく。素直にありがとうとこの場を流せるほど鈍感力も無く。持った感じからしてブローチか、ハットピンか、そんなに大きな物ではないし、まして指輪なんてものじゃない。普段使う物じゃないから、付けても持っているだけでも、言ってしまえば捨ててしまっても彼には分からないだろう。そういう所には好感を持てるが…ってまさかこうやって考えさせるのが目的だったりするんだろうか。
ふっと空気の抜ける音がして、反射的に顔を上げる。くつくつと笑うフィーがそこに居た。
「そんな大真面目な顔して考え込まないで頂戴。それ自体は快癒祝いに手配したものなんだから。」
それに押されてそっと手を開いてみると、小ぶりのオパールが繊細な金古美のモチーフで飾られたブローチだった。完全に私の深読みが過ぎたようだ…恥ずかしい…額に手を当てたくなるのを堪えて、フィーに礼を伝えようと顔を上げると、
「でも、箱じゃなくてそのものを持たせたのはわざとよ。」
にやり、と彼にしては珍しいしたり顔があって。ああこれはやられたなと、頬が熱くなるのを感じながら乾いた笑みをこぼす。なんだこれ乙女ゲームかよ…乙女ゲームだよ…ヒロインじゃないのに…
呆然としている私の手からひょいとブローチを取り上げて、鞄から取り出したのかビロード張りのジュエリーボックスに収めてから再度差し出されたそれを。快癒祝いだと言われてしまえば受け取らないわけにはいかず、何ともすわりの悪い思いで受け取る。デザインが好みだったのがそれに拍車をかけると言うか…
「あ、りがとう。すごく、綺麗。」
目線が合わせられないままそれだけ言うと、やっぱりくつくつとフィーは笑ってどういたしましてと歩き出す。さっきより隣に並び辛くて三歩、離れて歩き出すと、振り返ったフィーが授業に遅れると言って右手を取る。
「まっ、」
「ほらほら、急ぐわよ。」
そのまま手を引かれ、教室まで。ちょっと露骨すぎやしないですかね?!それとも私が考えすぎ?!思考回路がオーバーヒート寸前まで空回りし始めたところでルミィ達と合流し、ルカの半ば呆れた様な咎めるような視線を受けたフィーが渋々手を離したところを見るに、これはわざとだったらしい。
壮絶に居たたまれない思いのまま、教室に入る。二限が所属別座学だったことをこれほど感謝した日は無いだろう。
「最近はお前の疲れ切った顔よく見るなー。」
ルカと二人のテーブルに着いて、授業の準備をする。とは言っても試験後一回目の授業は問題の解き直しと教諭への質疑が殆んど。解き直しも一人でする必要は無く、むしろ所属内で討論を行うことが推奨されているくらいなので、割と騒がしい。まだ授業前だというのに、教室内がどことなくざわめいているくらいだ。
「ルカ…あんた知ってたね…?」
そんな中なので、ルカも声を潜めることなくにまにまと笑っているわけだけど。
「そりゃもちろん。」
「たまに感じた生暖かい視線はそういうことだったの…」
どうしてこうなったのか。溜め息に混ぜたその思いはルカにばっちり届いたようで。
「当然の帰結でしょ。」
「…なんで。」
「…ここの鈍感は性格なんだね。」
ルカ曰く。貴方を探し求めていたと言わんばかりのファーストインパクト。私には貴方が必要だという接し方。中性的な顔に、微かに透けて見える女性的な仕草。これで勘違いしない方が難しいと。
「女性らしくあれと刷り込まれたフィーと男性らしくあろうとするお前はある意味でぴったり波長が合う組み合わせなんだろうし。」
「…あー…」
「まあでも本当に錯覚だったら止めてたけどね。」
「…デスヨネー。」
つまり。フィーは私が男であろうと女であろうと、関係なく慕ってくれている。それは認めざるを得なかった。
「…どうしよう。」
「断ったんでしょ?」
「諦めないって。」
「ならフィーの気が済むまで付き合ってあげれば?」
「それはそれで不誠実じゃないかな…」
「じゃ、きっぱり切り捨てる。」
「…それは、」
「我儘。」
「分かってるよ…」
男女の仲にはなれない。でも、友人として居てほしい。それがとんでもなく利己的な考えであることくらい、分かってはいるのだ。
どうしたものかと吐いた溜め息は、ちょうど開いたドアの音で掻き消された。




