10月、所長室-2
「メイア、落ち着こう。冷静になるんだ。」
「まあ何を仰いますの。メイアは至って冷静ですわ。」
「嘘でしょどうしてそんなもの持ってるの今から着るの制服だよ?!」
「制服であろうとも、きちんとした装備を致しませんと。」
「装備って何?!コルセットって防具だったの?!」
「そう申しても過言ではございません!魅惑的なくびれを生み出し、腰への負担を和らげ、不埒な男共の接触から御身をお守りするのですから!」
「なにそれ?!なにそれ??!」
ぐったり。いや、げっそり、か。制服を着替えるだけで二日分の気力を持っていかれた気がする。嗚呼母様、貴女の周りの人々はどうしてこうも人を着飾るのがお好きなんですか…
ふ、と溜め息にすらならない息を吐いて、再度姿見を覗き込む。ネクタイや襟がやや太くなったり、ジャケットに切り替えしが為されたりと細かいところはあるものの、大きな変化と言えば、スラックスだったのがロングスカートになったくらいで。だというのに随分と印象が変わって見えるのは、
「…なるほど魅惑のボディライン……」
くやしいかなメイアの言った通りだった。シャツを着て、ワンピースタイプのスカートを穿いて、さらにジャケットを羽織っているというのにこれだ。なんなの?ギャルゲなの?違うね乙女ゲームだったよ。でもこうなると思う?
「お嬢様は今まで体を鍛えていらっしゃいましたから、どちらに転ぶか少々心配でしたが…」
杞憂でしたわねとメイアは満足げに笑う。私にはもうハイソウデスネと言う他無かった。
心の中のナニカが大きく削られたような気がしながら衝立から出れば、所長はあらあらと笑うしルミィはドレスみたいだとはしゃぐしでやっぱり何かが削れていく気がした。男の人が可愛いと言われたがらない気持ちがちょっとわかったよ…あとルミィは貴女も同じもの着てるんだからね?!
ほこほことこれまた満足げな笑みを湛えた所長から、そろそろ一限も終わりだと告げられ、退室しようとしてひとつ訊き忘れたことがあったと思い当たる。
「ねえルミィ、昨日、なんて言われて呼び出されたの?」
「…ハルドと、私の真名を知ってるって。最も知られたくないことを知ってるって…」
「…そ、か。」
詳しくは書いてなかったし、とその先を言い淀むルミィにそれ以上は言わなくてもいいと頭をぽふりと叩いて。しかし、そうか。そうなるとちょっと変だよなぁ…真名知ってるんだったらそれで縛れたはずだし。それに、グレイスコールだって知っててあの態度というのも考えにくい…
さてどうするかな、あれらのここ最近の行動にも少し調べる必要があるってのは確かだよなぁと思いながら所長室のドアを開ける。と。
「あれ、待っててくれたの。」
出て行ったメンバー勢揃いでのお出迎えに、ぱしりとひとつ瞬き。その途端に何とも言えない空気になったのは何故でしょうとても納得がいかないのですが。ルカを見れば、あーあとでも言いたそうな顔で。あちょっとなんで溜息吐くんですかねイメラさん?兄様に至っては頭痛を堪えるかのように額に手を当てて、フィーはフィーで何か諦めた様な遠い目をしているし?!
誰からツッコんだらいいんだと思案しているうちに、ルカがルミィと目配せし合って、先に教室に戻っていると言う。
「え?あ、うん?いや私も教室行くよ?」
「あー、いいのいいの。ちょっと三人で話したいことあるしさ、お前は後からおいでよ。」
「…ルカさん?その生暖かい視線はなんでしょうか?」
「いいからいいから。」
じゃあまた後で、なんてひらひらと手を振って歩き出す三人を止める理由も無いので、反射的に手を振りかえして見送る。なんなんだ本当に。内心で盛大に首を傾げていると、背後でコツ、と足音。振り返れば兄様が踵を返すところだった。
「兄様?」
「…二限には遅れるなよ。」
「?はい。」
なんなんだ本当に?!頼みの綱とフィーに視線を投げかけると、彼はちょっとだけ困ったような顔をして、けれど仕方がないとでも言うように肩を竦めて。
「…アタシ達も行きましょうか。」
それに頷いて並んで歩きだす。どうやらこの状況はフィーの為に整えられているようだ。そんな言い出しにくい話でもあるのだろうかと彼の顔を窺えば、フィーはこちらを見ないまま言う。
「…ねえルナ、アタシ、アンタのこと好きよ。」
改めて何を言うかと思ったら、これである。
「そっか。ありがと…う…?」
けれど、ここまでしてこの状況で言うことだろうか。ふとそんな考えが過ぎって、声が尻すぼみになる。つと眉をひそめたのが伝わったのか、フィーが彼にしては珍しく、く、と喉の奥で笑う。
「戸惑ってくれてよかったわ。これで流されたら張り手のひとつでもお見舞いしてやろうかと思ってたの。」
「え、いや、え?」
「…ねぇ、アタシがなんでこんな喋り方してるのか、考えたことある?」
その声は思っていたより低く。束の間、どう答えたものかとたじろぐ。フィーの足が止まる。私も足を止めた。
フィデアル・レッダが女性口調なのは、父親から亡き妻の面影を押し付けられたから。父からの歪な愛情を、それでも受け止めようとした結果だ。
…けれど、今のフィーは?少なくとも、彼の父はもう何年も前からフィーを妻の形見でなく自らの息子として見ている。フィーが女性を演じる必要などない。それなのに、女性口調になったのは?
「…そういう、ものだと。」
声がしぼむのは、申し訳なさか、己の認識の甘さを悔いているからか。自分でも解らなかったけれどフィーには伝わったようだった。そうね、と彼は淡く笑む。
「変な所で鈍いと思っていたのよ。でも、アンタの中にそういう前提条件があったのなら、納得よね。」
フィーはふわりとこちらを向く。柔和な笑みは花が綻ぶようなのに、その声は凛と研ぎ澄まされていた。
「アンタに恋した小さなアタシは、こうすれば意識してもらえるのではなんて思ったのよ。」




