10月、自習室
秋です。と言うには少し遅いような10月に入った今日この頃。学園の生徒たちが皆室内で過ごしたがるのは何も、そのひたひたと寄り来る寒さから逃れたいだけではなく。
「…よし、休憩にしよう。」
「何言ってるのハルド。まだ20分も経ってないじゃない。」
所謂、つまり、テスト勉強というやつのためだ。
「10分は経っただろう?ちょっと気分転換に…」
「なに?せっかく僕が付き合ってやってるのに無駄にする気?」
「いいえ滅相も無い。」
逃亡失敗。まさに蛇に睨まれた何とやらである。やだなー本当に投げ出したりするわけないじゃないかと肩を竦めてみせるも、半分は本気だっただろうにとジト目が返ってくる。
ふう、と息を吐けばそのまま響いてしまうような、静かな空間。温かみのある木目調で揃えられた一室は、生徒の為に解放されている数ある自習室のひとつだ。
普段なら空いていれば誰でも使えるものだが、この時期はそうもいかず。余計な労力を使わせない為の学園側の配慮なのか、クラスごとに一定数が割り当てられる。その中でさらに予約制になるのだ。
とはいえ、申請した側の生徒が許可すれば違うクラスの生徒も使うことが出来るので、まあその辺は生徒の良心にゆだねられているというところか。
「…意外ね。アンタはこういうの苦にならない性質だと思ってたのに。」
どれにしようかなと過去試験を纏めた本を繰るルカの頭越しに窓の外を見ていると、フィーがぽつりとつぶやく。
「いつも試験前はこんなだよ。二言目にはもう無理、だし。」
とか言いながら勉強は止めないんだから変態じみてるよね、なんてざっくりと切り込まれ思わずうめく。
自分で言うのもなんだが私は割と天才肌に見られることが多いのだ。まあミステリアスキャラを演じるにあたって必要な要素だったから、そう見られていないと困るのだけども。
けれど、逆に言えばそう見せる必要があったわけで。私の自力はそこまでない。前の自分と日々の積み重ねがあってこその今の地位なのだ。故に、気を抜けば簡単に失墜する。止まるわけにはいかんのです。それこそマグロみたいに…
「ほら、私のイメージが崩れかねないから、あんまり外には出さないようにしていたんだよ。」
へたりと笑めば、壮大に余剰な努力ね、と今度はフィーに切り捨てられる。なんだよ二人してひどいなぁと抗議しかけたのを解り切っているように、ルカが口を開く。
「問。夜種における上位種の存在について、昼種生物との違いを踏まえ意見を述べよ。」
ルカはにまりと笑みを湛え、一分以内に発言してねなどと容赦なく言ってのける。
…私がこの学園の試験が苦手なのは、その答え方に因るところが大きい。筆記問題、どの教科を見ても“意見を述べよ”“読み取れる事柄を記せ”“ここから予想される事態を二つ以上挙げよ”ばかりなのだ。一問一答などありゃしない。
「…答。夜種における上位種とは、謂わば進化であると考える。昼種は交配によりその特性を変化させ、より優れた特性を持つものが繁栄し段階的に進化していくが、ええと…夜種は交配による繁殖を行わないので…その環境により適した特性…を、もつものが、突発的に、じゃない、この…数段飛ばしに現れて……待って。」
「ぎりぎり要補講。まず一文が長い。」
言葉が刃を持つなら今頃私は瀕死じゃないだろうか。つらい。けれど間違ったことを言われているわけではないので反論もできない。
「要点は。」
「上位種は進化系。昼種は子に子に継がれてゆっくり変化。夜種は交尾しない。ので、より優れた個体がぽんっと出現する…けどさぁ、私達夜種の巣見付けちゃったわけでしょ…」
「それならもうそこまで含めて述べるしかないじゃない。」
「簡単に言ってくださる…」
「要点解ってるならあとは膨らませて繋げるだけよ。簡単でしょ。」
さも当然のようにフィーが言う。忘れがちだが、私達の所属するのは学年最高位クラス。フィーは勿論皆それに相応しい頭脳を持っているのだ。つらい。
ふとここまで一言も発していないルミィを見遣れば、何やらあっちこっちから資料を引っ張ってきてはノートにまとめて行っている。けれどこちらも成果は芳しくないらしく、眉はぐぬぬと寄せられていて。
「ルミィは今どんな感じだい?」
「領地での税収決定において重視すべき事項。領地経営系はいっつも良プラスなんだよねぇ…」
はー、と溜め息を吐くルミィに同意の溜め息が出る。わかるわー…やっぱり元日本人の感性ってものがあるのだろうか。それでも社会に出ていれば、まだ違ったのだろうか。とはいえ観点は良いと評価されることは多いから、また複雑な気分になるのだが。
「領地経営ならイメラに訊いて来たら?あいつならまさしくでしょ。」
また過去問集をぱらぱらしつつルカがそう言って、ルミィはきょん、と目を瞬かせる。盲点だったようだ。これも忘れがちだがこの国で“王子”とは領主の跡取り息子を指すのだ。
「そうだった…自習室使ってるかな、ルカ分かる?」
「星付き候補の課題で薬材分布図の再編が出てたから…第三書庫に居るんじゃない?」
「ありがと、ちょっと行ってくるね!」
言うや否やさっと資料を整えて席を立つルミィ。そのままロングスカートを翻す勢いで自習室を出て行った。
…私達が大失態を犯した、あの野外演習。イメラ含むチームはそれとは逆に目覚しい成果を挙げたようで、その中でも彼は特に優秀であったとして星付き候補生のバッチを与えられた。
そんな私達には時折個別に課題が与えられることがある。時期も種類も誰からもたらされるのかもバラバラで、けれど誰かに与えられている間は別の候補生には与えられないから、たぶん個人で成し遂げろというわけではないと思う。
というかそもそも個人で何とかできる範囲の物じゃないことが殆んどだから、人を集めて指揮を執るという部分も見られているのではないだろうか。だから私達もなるべく、いつものメンバーでない人に協力を仰いだりしている。
その所為もあるのだろうか。ルミィは今までに比べ格段に社交性が高くなったように感じる。兄様とも普通に話せているようだし、なんと言うか、人としてステップアップしたような。
「自己嫌悪はもう少し離れたところでしてよね。僕までつられるんだから。」
言葉とは裏腹に、その音はじんわりと温かくて。参ったとばかりに眉が下がる。最近どうにもナーバスになっていけない。体が女に戻った所為かな…前の自分はそうでもなかったけれど、友人に周期的に発狂する子がいたからなぁ…って余計落ち込んでどうする。
「…対策続けようか。」
「それがいいよ。じゃ問。次の詠唱から予想できる魔法の効果と、それに抗する己の魔法を述べよ。」
「待ってなにそれ。」
「何がいい?」
「そうねぇ…“招来”“伏呪”“結鎖”…あとは“付毒”かしら?」
「なにその凶悪な詠唱…“招来”だから召喚魔法?伏呪にけっさ…ああ鎖か。で毒?木属性のモンスターで毒持ちで蔓状の奴なんて居たっけ…?焼き払っちゃえばいいんじゃないか…?」
「まあ結局そこに行き着くよね。」
「アンタたちって妙なところで強硬手段に出るわよね…」




