臥待月 4
今回のイベントは、高等部での確定イベントだったそうだ。ルミィ曰く、そのパーティーの中で最も愛情度が高いキャラクターが、不意を突かれたヒロインを庇うというもの。その後の看病イベントでは愛情度が大幅にアップするのだとか。
けれどそれは、逆に言えば看病が必要なくらいの怪我を負うという事。どうにか避けられないかと思案してみたものの、無駄に終わるどころか最悪の結果を招いてしまったと、唇を震わせてルミィが言った。
「…そうなると、私は本当に余計な事をしたのかな。」
「うーん、ゲームではあんなモンスター出てこなかったから何とも言えないんだけど…」
項垂れる彼女に、あまり気負うなと言っても逆効果のような気がして、別の方向へ話題を持っていく。ひとまずはゲーム通りにイベントが起きている、と考えてもよさそうだと。
「それで、その“いべんと”はあとどれくらいあるのかしら?」
ようやく椅子に座ってくれたフィーが難しい表情で言う。ルミィを見れば、彼女もやはり難しい顔をしていた。
「大きなイベントは、昇級試験後にあるんだけど、それ以外にも…ええと、攻略対象ごとにいろいろあって。」
「何言ってるの。ハルドに関することだけでいいのよ。」
さすがに全部は覚えていない、と言うルミィに、フィーは事も無げに言い放つ。
「…はい?」
転げ落ちたのは、私の声だったかルミィの声だったか。
「なんで私?」
「“愛情度”が高い“攻略対象”は“いべんと”が起きやすいのでしょう?その“愛情度”はルミィの行動に因って決まるのよね。それならアンタの事情がどうあれ客観的に見ると“愛情度”が一番高いのはアンタよ。」
「で、でもハルドは女の子だよ?友達だよ?!」
「だからハルドの事情はどうあれって言ったじゃない。傍から見れば相当親密よ、アンタたち。」
ぽかん、と訊いた私も言い募ろうとしたルミィもばっさばっさと切り捨てて、フィーは半目で溜め息を吐いた。そう言えば確かにちょっと前までは私も気にしていたんだった。ああそっか、だから私に合わせた難易度のイベントになったのか。他の攻略対象も愛情度最低にしようとしていたのが裏目に出たという事だ。
それにルミィも思い至ったのか、沈痛な表情で頭を抱えている。
「…ほとんど、おわってる。」
ぼそりと呟かれたルミィの言葉に、フィーと二人首を傾げる。
「ガゼボでお喋り、突然の朝の挨拶、帰り道のエスコート、一緒に朝ご飯、将来の話、二人でお出かけ。あとは日常的なあれこれ。」
「…ハルドのイベント?」
「うん。」
「…お出かけ以外は、したね。」
「ハルドルートで進んでるなんて…!最悪の展開すれすれじゃない…!」
「…一番派生しやすいんだっけ。」
問えば、彼女は遥か宇宙の彼方を見ている様な目で、こっくりと頷く。
「…今からでも、自立ルートに切り替える、とか。」
「イベント三つ以上こなした時点で無理。」
「誰か別のルート開拓…」
「それをしたら人間的に何か大事なものを失う気がする。」
「ですよねぇ…」
苦し紛れに提案してみるものの撃沈。二人そろってがっくり項垂れるしかなかった。フィーがいっそのことハルドルートを完遂してみればいいんじゃないかと言ったけれど、ハグとかキスとか来年になるとそれ以上の一歩手前まで起きることを説明して無理だと解ってもらった。さすがに無理。それは無理。
「それならもうファエラ教諭に事情を説明して協力してもらうしかないじゃないの。」
半ばあきれ顔でフィーが言うものの、ルミィの返答は芳しくなく。相当なトラウマになっているのか、相変わらず兄様は鬼門のようだ。とはいえフィーの言い分も尤もだと彼女も解ってはいるようで前ほど完全拒否とまでは言わない態度だった。
「…ハルド、の迷惑にならない…?」
あちらへこちらへ視線を彷徨わせて後にそろりとルミィが問う。
「そういう意味で躊躇っているのなら、私から事前に説明しようか?」
特に迷うでもなくそう返すと、彼女はうっと言葉に詰まり、それから首を横に振った。
「もうちょっとだけ、考えてもいいかな…」
途方に暮れた様なルミィに勿論と頷く。私もこれからのことを考えなければならないし。フィーは仕方がないとでも言いたげな顔で、それでもわかったと言ってくれた。
そうして何とか話の区切りがついたところに、メイアが部屋に入ってくる。というかまとまるまで待ってくれていたのだろう。時間も時間だからとルミィ達は寮に戻ることにしたようで。詳しい話はまた明日にしようという事になった。
「もう九時も近いですし、ごく軽いものをお持ちしました。」
サイドテーブルに置かれていくのは、おなじみ果実水と、何かのジュレ、手のひらサイズのココットに入ったミルク粥。オートミールというのかポリッジというのかリオレというのかわからないけれど、ほんわりとはちみつの香りがするこれは意外とおいしい。
「はい、お嬢様、あーん。」
「いやいやいや自分で食べますのでお構いなく!」
そう言って匙を差し出す真似までしてくるメイアを反射的に抑えると、彼女は冗談ですよとくすくす笑う。
「目が冴えているのでしたら無理にとは言いませんが、ご気分が満足されたら横になってくださいね。」
「うん、ありがとう。」
「こちらのお部屋は許可の無い者は入れないようになっていますから、安心してお休みくださいませ。」
言い添えて下がるメイアに、もう一度ありがとうと言って、匙を手に取る。木のスプーンってどうしても匙って言いたくなるのは元日本人の性だろうか。そんな事を考えながらミルク粥を一口。途端広がるはちみつの香りに頬が緩む。ミルクの優しい甘みと、ほろりとほぐれる穀物のじんわりした甘み。
これ麦じゃないよね。起き抜けの病人に麦は出さないよね。そうすると何だろう。お米に近い食感だけど、ちょっと違うような。この世界特有の穀物かな。
もくもくとゆっくり噛んでいると、ドアの開いて閉まる音。メイア出ていったな、と思うけれど近付いてくる足音。誰だろうと内心首を傾げると、間もなくカーテンが開く。こくりと口の中の物を飲み込む。
「に、兄様…?」
そこには何か驚いた様な顔で立っている兄様が。ああいやえっと、これはですね、ほらやっぱりずっと寝てたからお腹が空いていてですね、別に食い意地が張っているわけではなくて、
「…ルナ、か?」
あ、そっちでしたか。ええ、地味にショックですよその反応は…
「はい。ルナです、ディン兄様。ご心配をおかけしました。」
「ああ、いや、すまん。少し驚いてしまった。」
随分雰囲気が変わる、と兄様は呟いて、ベッド近くに座った。二言三言と交わすうちにぎこちなさも薄れて、食べさせてやろうかなんて言い出すものだからあわてて断った。冗談だと笑う兄様とさっきのメイアが重なって、なんだかひどく子ども扱いされている気分になったけれど、悪くは無いな、なんて。私は周りの人に恵まれている。改めてそう感じたのだ。
だから、やっぱり、私はちゃんとこの学園を卒業したい。そう思った。
――経過報告。
第三分岐期間、一級転換点通過。流れに大きな乱れは確認されず。ただし、対象A03の転換及び封印解除よる余波が予想される。流れに最も都合の良いように誘導することとする。
留意事項①、③については措置を継続。②については現時点にて全記憶解除が済んでいるため、維持措置に移行。
以上。




